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クリエイター名 |
しまだ |
サンプル/一人称
【一人称】 冷凍肉まんとあんまんを一つずつ容器に入れてレンジに投入しようとしていたら、「僕、半分でいいよ。半分こしよう」とソファに倒れていた影に言われた。あんまり食べないくせに背が大きくなるのは、よく寝てるせいだろうか。授業中に堂々と机に伏している彼の姿を思い浮かべて、『寝る子は育つ』が真実である可能性を垣間見る。 「やだー」って素直に返したら、「なんだとー」と抗議の声。でも無視。二人で半分こするのも良いけれど、でもしょうこは今日は肉まんを食べたい気分なのだ。光樹が食べたいのはどうせあんまんだし。 光樹の考えている事は分かりやすい。悪く言えば単純で、良く言うとええっと、ふ、不純じゃない? しょうこは馬鹿なのでよく分かんないけれど、とにかく光樹と一緒にいるのは楽で良かった。別にそれだけの理由で付き合ってるわけじゃないけれど、同じ空間にいてそれぞれが勝手な事をしてようがあんまり気にならないのは良い事だと思う。勝手な事と言っても光樹はたいてい寝てるか寝てるか寝てるかしかしてないんだけれど。 椅子に座って携帯をいじりながら中華まんズがチンされるのを待ってたら、「肉まんで祝うの?」と起き上がりもせずに光樹が訊いてきた。祝うって、何をだろう。 「しょうこの誕生日?」 「しょうこちゃんの誕生日五月だろ」 「今日って何日だっけー?」 「三月十日」 「あー……、お誕生日おめでとー」 「いや、僕の誕生日でもないから」 そういえば光樹も五月生まれだった。光樹の誕生日はしょうこと十日違いなので覚えやすくて良いなぁ、なんて事をずっと前に思った事をふと思い出す。 じゃあ今日は何の日だろう。誕生日でもクリスマスでもない日は、何でもない日なんじゃないかなって思う。別に、何でもない日をしょうこは祝ってもいいけど。 「昨日、『明日は佐藤の日だね』とか言ったのしょうこちゃんだろ。前祝いとか言って、何故かその佐藤である僕に奢らせただろ」 「佐藤の日とか、ただの語呂合わせじゃん」 「じゃあお前が昨日言ってたのは何だったんだよ……」 「昨日のしょうこは、多分お腹すいたから適当言ってたんだと思うよ」 「うぐぐ、なるほど」 納得されてしまった。光樹はお馬鹿だなぁ。 そうだった。今日は三月十日で佐藤の日で、つまりはしょうこの恋人である佐藤光樹の日なのだった。寝て起きたらすっかり忘れてた。光樹の日ってなんかこそばゆいひびき! 恥ずかし。 チンされたものレンジから出して、光樹の席(つまりはしょうこがいつも使っている席の向かいの席)に置いて、しょうこは念願の肉まんをもふもふする。「光樹もこっちおいでよー」って言ってみたけれど、ソファの主と化している男は「うぅん」とか適当な返事をしただけで起き上がる素振りを見せようとはしない。 「でも、いつかしょうこも『佐藤』になったら、その時は一緒に佐藤の日を祝おうねー」 えへへ、と笑いを添えながら呟くと、今度はちゃんと「えー……。しょうこちゃん、それプロポーズ?」なんて妙に裏返った返事がしょうこの耳に届いた。多分、突然すぎるとかまだ早すぎるとか僕のほうから言いたかったのにいやそれにしたって早すぎるとか色々な思いが混ざり合った結果が、その「えー……」なのだろう。 「さぁー。しょうこはそんなに深く考えず適当言ってるだけでふ」 もふもふ。後半の言葉は肉まんに邪魔されました。「……だろうなぁ」と呆れたような、でもちょっとだけホッとしたような声で光樹は呟く。まだまだおこちゃまな光樹には早すぎる話だったなぁ、ってしょうこはちょっと反省なのだ。 でも、このまま何事もなかったらしょうこは多分光樹と結婚するんじゃないかなぁ。どうかなぁ。正座して「だ、大事な話があるんだ」とかテンプレートな台詞を言い始めてしょうこに「あ、プロポーズだー!」って当てられてぎょっとした顔をする光樹、結婚式でガッチガチに緊張して薬指がどの指かも分からなくなってしまいしばらく固まる光樹、今だって普通にうちに泊まったりしてるくせに一つ屋根の下一緒のベッドで寝る事に凄く戸惑う光樹、子供をあやす方法すらきっちり調べないと気が済まなくて本とにらめっこする光樹、なんだかどれも案外簡単に想像出来てしまって、逆に現実味がなかった。 「早く食べないとあんまん冷めちゃうよー」っていうか多分とっくに冷めているであろう目の前のあんまんを放っておけなくてそう言ってみたけれど、光樹は聞いてないみたい。また考えなくても良いような事を、彼なりに真剣に考えてるのだろう。 案の定、「しょうこちゃんと駆け落ちかぁ……」となんかしょうこの知らない内にとんでもないところまで進んでいたらしい話を彼は小声で呟いて、寝返りを打った。
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