|
クリエイター名 |
文ノ字律丸 |
mazyonosiren
私は小さな頃から魔法使いに憧れていた。祖母が毎日、魔法使いの世界のことを話して聞かせてくれたからかもしれない。 おかげですっかり魔法の世界にのめり込んだ私は、ちょうど一ヶ月くらい前から魔女としての生き方を身につけるため、祖母に紹介された先生のところで修行しているのだった。
「先生、リーゼ先生、薬草摘んできました」 「ケイト、お帰りなさい」 町から離れた場所に住んでいる先生は、一見私より少し年上なだけの女の子だった。いつも黒いローブを羽織り、化粧気はなくて、でもとても綺麗な人。 先生に年齢を聞くと少し悲しい顔をして「聞いたら、きっとあなたは驚くわ」と言ってはぐらかしてしまう。たぶん、ただ単に年齢を言いたくないだけではないのだと思う。驚くというのは、私が普通の人間だからだろう。先生はきっと化け物になっているのだ。 でもいいのだ。 私は、先生がどんな年齢だって構わない。1000歳だろうが、2000歳だろうが。 だって、そんなこと関係ないくらい、私はもう先生のことが好きになってしまっているのだから。 だから、そんなこと気にせずに話してくれれば良いのに、私はそう思ってしまう。 「では、これを魔女リクレールのもとに」 「先生、なにをしてるんですか?」 窓のところに立っていた先生は、何事かを言いつけたカラスを空に放っていた。その横顔がどこか険しかったので、私は一瞬何か差し迫った事情なのかと思ってしまった。 「お返事よ」 「返事……ですか?」 「ええ、大サバトの。ええとーそうね、お祭りかしら。その出席確認のお返事を出していたの」 「お祭りですか?」 祭りと聞くや否やさっきまでの心配もどこかにうっちゃり、私は「やったー」と言う意味の言葉を大声にしていた。ふと思い出したのだ。先生が人見知りであまりお祭りなどの騒ぎには出向かないと言うことを。 「もしかして、あの、欠席ですか?」 「いいえ。今年はケイトちゃんもいるから出席よ。魔女になるなら一度は見ておかなくちゃだものね」 その言葉を聞いて、私は一段と大きく跳び上がった。 先生がクスクスと笑っている。子供っぽかっただろうかと照れていると、先生は「そんなに喜んでもらえるなら、毎日お祭りでも良いわね」と微笑んでいた。
大サバト。欧州中の魔女達がドイツのとある山の上に集まるその祭典は、ワルプルギスの夜とも呼ばれているらしい。年に一度の交流会でもあり、親睦会でもあるそのお祭りはまさに魔法使いのカーニバルと呼んでも差し支えなかった。 火を噴くトカゲ人間、真っ黒だけど目がぎょろっとした影人間、空をぷかぷかと浮いている風船人間。見ているだけでウキウキとしてくる光景だ。 私は、先生からもらったローブのフードを取り払っていた。 「うわー、先生、見てください! あの人、今、ぶわって消えましたよ!」 「ゴーストを飼っている人がどこかにいるのね。あっ、ドラゴンよ、ケイト」 隣を歩く先生に言われて、私は口をあんぐりとさせたまま上空を見上げた。二匹の恐竜が(翼があるから翼竜かしら)くるくると旋回しているのだ。 その時、上を見ながら歩いていた私は、何かにぶつかってしまい転んでしまった。 「いてて」 「おい、てめえ、ぶつかっといて、謝りもなしか」 「わ、ごめんなさい」 胸ぐらを掴まれて私は驚いてしまった。その男の人は豚みたいなお面……じゃなくて本物の豚の顔をした男の人だった。 脅かされているのに、それがおかしくて、私はクスリと笑ってしまった。 「こんのガキ、頭から喰ってやろうか」 その豚男の口には巨大な牙が生えていて、私はぞくりと背筋を凍らせてしまった。 「あなた達、その子は私の弟子です。どうか許してあげて」 「んああ、てめえが師匠かッ」 私の肩に手を乗せていたのはリーゼ先生だった。その温もりに不安が溶けていく。先生が傍にいれば何も怖くない。 先生は、私にウィンクを投げかけた後、もう一度その豚男に目を戻す。その先生の目が金色に鈍く光っているのを目ざとい私は見逃さなかったのだ。 「許してくれないかしら」 「誰が許しやるか」 「許してあげて」 「このガキは今日の俺の夜食にする」 すると、私を掴んでいた豚男の手がするりと外れていく。強情に下品な言葉を紡ぐ口と反対に、彼の顔は蒼白になっていった。 「てめえも、俺にギタギタにされたくなかったら、金目の物置いてきな。俺はなあ、その世界じゃ有名な犯罪者なんだぜ。今までに喰った人間の数を教えてやろうか、おら」 そんな言葉を言いながら後ずさりした豚男は、脅しながら逃げ去ってしまったのだった。面白いったらない。 私は腹を抱えて笑いながら先生を振り返った。 「先生の魔法ですか?」 「お願いしただけよ」 そう言いながら子供みたいに笑う先生の顔が新鮮だった。
それから私達は色んな事をして遊んだ。さっき見たドラゴンより小さな手乗りドラゴンがいるサーカス小屋にも入ったし、東にずっと行ったところにある小さな島国に伝わる 『サムライ』という芸も見た。空中に投げたリンゴを落ちてくる間に、サーベルで十等分にしたのだ。私は興奮して先生の袖にずっとしがみついていた。 そうやって、二時間くらい祭りを見て回った。 「ああ、楽しかった。ですよね、先生?」 「ええ、私も。こんなに楽しかったのは何年ぶりかしら」 先生がどこか遠いところを見るような目をしていた。ふとした時に、先生はそういう表情をする。始めのうちは何かを探しているのかと思ったが、最近になってどこを見ているのか何となく察しが付いた。 それはたぶん、『人間』だった頃の先生自身なのだろう。 私はそんな先生を見ていると無性に悲しくなる。 ……切なくなる。 「先生、どこにも行かないでください」 「あら、どうしたの?」 私は唐突に先生に抱きついていた。 「……本当にどうしたの?」 「なんだか先生が遠いところに行っちゃいそうな気がして。わがままだっていうのはわかってます。でも、嫌」 「まるでちっちゃな子ね」 先生はその砂糖菓子のような細指で私の目の縁を撫でて、浮かんだ涙のしずくを拭き取っていった。 「私、先生と離れたくない!」 「あなたと過ごした時間は私にとっても大事なものよ。無くしたくない。ずっと、ずっと。でもね、だからこそ」 先生の目が妖しい光を放った。 ……あ、魔法。 そう思った時には、体の自由が利かなくなっていた。なんだかすごく眠い。 「ごめんね、ケイト」 「せん…………せい。絶対、ぜ、ったい、見つけに行き……ま……す、から」
私は気付いた時、宿屋のベッドの上にいた。 「先生?」 見渡してもどこにもその影はない。残っていたのは、先生が私を包んでくれたその残り香だった。 遠くで大きな爆発音がする。窓を開けてみれば、それまで賑やかに宴を催していた人達が、悲鳴をあげて逃げ惑っているではないか。 また大きな爆発音がした。山頂の方から聞こえてくる。 「行かなくちゃ」 あそこに先生がいる気がする。 先生を迎えに行くんだ! ……でもどうやって? 私はその窓から体を投げ出して道に出ると、落ちていたボロボロの箒を引っ掴む。 ……箒で空を飛ぶなんて、成功させたためしがない。 それでも、飛ぶのだ。飛んでやる! ふわりと浮かせた体は空に飛ぶ前に地面に落ちてしまった。助走を付けて飛ぶと、なんとか数メートル飛べる。何度も落ちて落ちてそれでも飛び続けた。体のあちこちが擦り剥けて痛い。 「先生!」 痛みと悔しさで涙が出てきた。その涙を拭いて飛ぶ。 不意に、ぷかりと体が浮かんだような気がして、ものすごい速さで地上から離れていった。 ……やった。できた! 私は目の前を見る。 黒い煙が空と混じっている場所。 先生はきっとそこにいるだろう。 「先生!」 先生を迎えるため、私は箒を傾けたのだった。
|
|
|
|