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クリエイター名 |
らじかせ |
冒険もの
【天獅】エイブラハム=ライオンハート。 非常に仰々しい二つ名と名前の持ち主だが、一応当人にも自覚はあるらしく、この男が自己紹介をする時はただエイブとだけ名乗る事が多い。 旧文明が滅び、怪物が闊歩する様になった今の世界では、旧文明の遺跡に潜りその遺産を回収する『冒険者』と呼ばれる人種がとても重宝されている。 特に【天獅】や【銀の魔弾】と呼ばれる世界最強級の冒険者達に向けられる人々の眼差しは、英雄譚の勇者達に向けられるそれに等しい。 平穏と惰眠を愛するエイブにとっては、甚だ迷惑な話だった。
「遺跡に囚われたお姫様の救出ねえ……またいつにも増して胡散臭せえ依頼だな」 「そう言わないでよエイブ、もうアンタぐらいしか残っていないんだからさ」 「……嫌な言い方をしやがるな。『もう残っていない』っつー事は、誰かが挑んで失敗したって事か?」 「ギクッ!」 「おい」 冒険者の依頼斡旋所で、知人の受付嬢から依頼を受けたエイブだが、視線を逸らす彼女から彼が無理やり話を聞き出したところによると、その依頼では既に百人以上の冒険者が消息を絶っているらしい。 「パスだな」 「うおおいいぃっ! アンタ【天獅】でしょ! 人類最強の男でしょ! 何ビビってんのよ!」 「どれも自分で名乗った肩書じゃねえ。文句があるなら名付けた奴らに言え」 「アンタの助けを待っている人がいるのよ! 男なら命の一つや二つぐらいかけなさいよ!」 受付台をバンバン叩きながら訴えかけてくる受付嬢に、エイブは心底迷惑そうな視線を向けた。 「大体よお、旧文明の遺跡なんて怪物の巣窟だぜ、お姫様だか何だか知らねえが、まともな人間にあそこで生きていける訳ねえだろ」 「っ、百歩譲ってお姫様の話がデマでも、アンタがあの遺跡を攻略してくれないと困る人がいるのよ!」 「アン? 山奥の遺跡なんぞ、放っておいても被害は出ねえだろ」 「うちのスポンサーどもが「早く新しい遺跡を発掘してくれんと出資を見送るよ君ぃ」って五月蠅いのよ!」 「……つまり、俺の助けが必要なのは、テメエか」 「そうよ! 遣り甲斐があるでしょう!」 「パスだな」 「うおいぃっ!」 エイブという男は、基本的にやる気がない。 しかし、奥から出てきた責任者の老人が何かを耳打すると、まるで昼寝中の雄獅子の様にふぬけていたエイブの雰囲気が一変した。 伝説の英雄の様に雄々しく、百獣の王の様に獰猛に、【天獅】の名に違わぬ眼光をその瞳に宿したのである。 「――いいぜ、受けよう」
エイブが向かった山奥の遺跡。 そこは旧文明が滅ぶ直前まで、実験施設として稼働していた。 件の文明が滅びた原因は『死の反乱』という世界の法則の歪みにあったが、この施設ではソレに関する研究が行われていたのだ。死んで土に還るだけだった人間が、死と同時に怪物へと変貌する様になった原因を調査しようとしたのである。 結局この施設が主題としていた研究は失敗に終わったが、数多の失敗の中で生まれたとある『失敗作』は、作り手が滅びた今もなお、命令された通りに施設を守り続けていた。 「また、ひとがきた。やっつけないと」 それが『彼女』である。 『彼女』に名前はなかったが、便宜上she=シーとでも呼ぶ事にしよう。 シーは美しい女の姿で生まれた。幼児や少女という過程を経る事無く、美女の姿でこの世界に生まれ落ちたのだ。 ぬばたまの艶やかな黒髪と、白雪の如く清らかな肌、細身でありながらも完成された女性の肢体。無表情の美貌も合わさり、人間味に欠けた神秘的な美しさの持ち主である。 「すごい、つよい。どうしよう、ここまでくる」 シーの精神年齢はその成熟しきった外見に反し、10歳にも届かない。 かつての研究者達は、彼女にそれ以上の知性を望まなかったのだ。 作り手が消え、文明が滅び、数百年が経った今も『彼女』はかつての『親』達の指示通り、遺跡と化した施設を守り続けている。 従順に、純心に――愚かにも。 「でも、まけない。やっつける」 「……覚悟はしていたが、『生きた』遺跡っつーのは厄介なもんだな」 遺跡の7割を踏破したエイブは、備え付けのサブマシンガンから発射された弾丸の嵐を、その超人的な身体能力をもって回避する。 この施設が機能を失っていない事は、足を踏み入れた時点で分かっていた。 百人以上の冒険者がここで消息を絶ったという事実は、この場に大量の怪物が発生した事を意味している。 ゾンビ、ゴブリン、ミノタウロス。 死んだ人間の資質により死後発生する怪物は様々だが、それらの姿が一つもない時点で、まずおかしい。 考えられる可能性は二つだった。 一つは、実は冒険者達が死んでいない場合。 もう一つは、死んで怪物と化した後、再び殺害された場合。 エイブは、後者である可能性が高いと判断していた。 そんな彼ならばこそ、大量の冒険者と怪物を、等しく駆除してきた旧文明の遺産――近代兵器の数々による襲撃を、回避する事が出来たのである。 「確かにこりゃあ、まともな人間じゃきちいか」 遺跡の奥に進んでいった彼は、竜や巨人の死体を目にして苦笑した。 それらの怪物は一流の冒険者が複数人で挑んでようやく勝てる相手である。そんな連中が殺される罠となると、超一流と呼ばれる様な存在でもない限り対処は難しいだろう。 「――つっても、こいつらを殺ったのは罠じゃねえな」 怪物の死体に残っている傷跡は、道中で見かけた弾丸や爆弾によるものではない。ナニカに斬り殺されかの様な、切断跡だ。 「……お前か」 エイブが静かに視線を上に向けると、そのバルコニーには女神の様に美しい女が――全裸で立っていた。 童貞である【天獅】は、盛大に鼻血を噴出した。 どうでもいい話だが、ここ数カ月でエイブが戦闘中に出血を許したのはこの瞬間だけである。 「チッ、やるな」 色々とツッコまずにはいられない英雄の醜態だが、この場にいる彼以外の人間は幸か不幸か羞恥という概念を知らない。 故に『彼女』は速やかに、侵入者の排除を開始したのだ。 「ひとは、やっつける」 容姿が神がかっているならば、その身体能力もまた人外。 一歩の踏み込みで女の足場は爆散し、彼女の体はエイブの眼前に出現した。 直後振り抜かれた手刀は竜の首さえも刎ねた、必殺の聖剣である。 英雄はその一撃を――手の甲で弾いた。 「なんでっ!?」 シーは、この時初めて驚愕という感情を知る。 施設の全機能を使う権限を持つ彼女は、人類が怪物と比してずっと非力な存在である事は理解していた。 だから数百年前、誰かの死と引き換えに人工的に生み出された『人型の怪物』である自分に力勝負で勝てる人間など、存在するはずもないと思っていたのだ。 「暴れ疲れるまで付き合ってやる。来な」 「なんなの!? ひとっ、おまえ、なんなの!」 手招きするエイブを余所に、足場を爆散させながら後退するシー。 そんな彼女の質問に【天獅】は珍しく優しげな声で返答した。 「俺は、お前の兄貴か弟みたいなもんだ」
【天獅】エイブラハム=ライオンハート。 とある男が死んだ後、その亡骸から生まれた英雄の形をした怪物。 その後も彼の冒険譚は続く事になるが、件の遺跡の事件の後、エイブの傍らには常に童女の様な物腰の美女が付き従う事になったという。
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