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クリエイター名  久我忍
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 昼間の公園でその二人は明らかに浮いていた。
 周囲には歓声をあげてはしゃぎまわる子供達と、それを眺めつつ井戸端会議に花を咲かせる主婦たち、そして二人仲良く飼い犬をつれて散歩に来ていたらしい老夫婦の姿。
 そんな中で、公園の隅におまけのように置かれた古びたベンチの中央を空けて両隅に座る二人の男。空いたままの中央のスペースには、飲みかけの缶コーヒーが置かれていた。
 この公園にも、そして互いも、およそ接点のなさそうな二人だ。
 右側に座る男は、きっちりと黒スーツとネクタイのサラリーマン風の男だった。ノーフレームの眼鏡が微妙に似合ってはいない。
 反対側に座る男は、古びたジーンズとTシャツの上に洗いざらしのシャツを羽織っている。金髪に近い茶色の少し長めの髪を軽く結わえた男は、両足を開いてベンチに座り、その太股あたりに肘をついて両手を組んでいた。
「天才という存在を信じますか?」
 黒スーツが唐突に言うと金髪が数秒遅れでのそりと隣に座る男を見た。
「知らね。興味ねーし」
「池田くんは相変わらず馬鹿馬鹿しいほどに他人に興味ないですね」
「いやそーでもねぇけどな。とりあえずお前には明らかに興味ないのは確かだな」
「僕に興味持たれても困りますよ切実に。どうしてもと土下座でもするなら、頭踏み付けながら考えるだけ考えてもいいですけど」
 さらりと笑顔でそんなことを言う黒スーツに、はははと池田弘明は乾いた笑いを漏らした。
「まー、俺はやりたい事できてりゃ他興味ねーのよ」
「興味なくてもいいんです。大人しく巻き込まれてくださいよ」
「ヤだよ」
「僕はここで引いてもいいんですけど、どうしてもって言われてるんですよ」
「誰がよ」
「その天才が」
「天才って表現がもう胡散臭くね?」
「正直──アレはどう表現したらいいのか僕にも分からないんですよ」
 ぽつりと、黒スーツはそんなことを言った。
 傍らに置いた缶コーヒーを手に取り、両手の中で弄ぶ。
「僕だって天才なんて陳腐な表現使いたかないですよ。でも他になんて言ったらいいのか分からない──同じ楽器を使って同じ曲を演奏してああも違うんだとしたら、それは個性なんですか? それともあれが技術の差なんですか? けれどあそこまで違うモノを、僕は今まで見たことがない。技術の差とは思えないんですどうしても」
 わからないんです、と黒スーツが呟いた。
 高校時代からの付き合いであるこの男が当惑しているのを、弘明は始めて見た気がする。
 困ったり、迷ったり、そういったモノとこの男とは無縁だと思っていた。
 だからこそ、興味を抱く。
 この男をここまで当惑させる『天才』とやらの存在に。
「その天才サマは一体俺に何をやらせたいワケよ?」
「池田くんにできることなら、たった一つを除けば全て僕にも可能なことばかりでしょう」
 それが真実であることを承知していた弘明は乾いた笑みを漏らす。
 その『たった一つ』のために、自分たちの奇妙な友人関係は何度も破綻の危機に陥りながらもこうして細々と続いている。
 黒スーツが立ち上がった。顔を真っ直ぐ前へと向けたままで、反論を許さぬ口調で告げる。
「弾いてください」
「ヤダっつったら?」
 探るように斜めに黒スーツを見上げると、繊細そうな女受けの止さそうな相貌に自信に満ちた──自分の勝利を微塵たりとも疑ってはいない男の表情。
「弾かせます──彼女が」
 その自信の源になっているであろう『天才』とやらに興味が沸いた。
 何かが、ざわざわと胸の内で騒ぎ出す。
 その感情の名前を、弘明はまだ知らない。

 
 
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