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クリエイター名  真田そら
サンプル

この世には自分の望むものを叶えてくれる宝石があるという。
それは願いの宝石と呼ばれる小さな紅い宝石。
ある文献によれば、過去に奇病が流行った時、それは現れたと記されている。
当時、複数の人々が原因不明の昏睡に陥り、どのような名医や高位の僧侶でも手を施しようがなかった。
皆落胆し、何時自分に奇病が災いを為すかと恐れおののいていた。
だが、中にはそれに抗する者がいた。
その者はどこからか一つの紅き宝石を手に入れ、様々な苦難の末それを使い奇病を治めることに成功したのだ。
後に宝石は『願いの宝石』と名づけられた。
形は手のひらに収まる程度ながら、その姿は血のように紅き光を称え、 遥か遠き遠き古の時代に特別な力を持つ者が、流した血の涙だとも言う者もいる。
諸説あるがどれも根拠に欠け、宝石の正体を知るものは今や誰一人としていない。
そして時代は流れ、いつしかその存在も人々から忘れ去られていった。
今ではその存在すらも疑う声すらもある―――

夜空に星が輝いていた。
辺りには夜の帳が下り、闇が全てを支配している。
しかし頭上に広がる星々は無数の光をたたえ、地上と空は別世界ではないかとも思える。
そんな自然の織り成す景色の中を一人の人間がまさに今、生死を賭けて走っていた。

「はぁ、はぁ、はぁ…っ!」

闇に広がる緑をかき分けひたすら進む一つの人影。
肩まで伸びた蒼い髪はバンダナによってかき上げられ疾走する影に従い、激しくたなびく。
動きやすいよう軽装の服を纏っている彼…、いや、彼女は盗賊だ。
自称義賊を名乗り、片っ端から財宝を巻き上げている。
だが、信条として金持ちしか狙わない。
そして先ほども一仕事を終え、悠々とねぐらに帰還する…はずだった。

「もう…っ! なんでこんなにしつこいのよっ!」

後ろを振り返ると、追っ手が直ぐそこまで迫っているのが分かる。
既に小一時間くらい走りづめだった。
追っ手をまいても、また別の追っ手が何度も追いかけてくる。
そうこうしている間に街を抜け、街道を外れ、森の中へと逃げ込んだのだった。

「屋敷に置いてあるものの一つや二つを盗ったことくらい見逃してよねっ…!」

走りながら、服のポケットに無造作に突っ込んだモノを取り出す。
血のように紅く、一点の曇りも無い宝石だった。

(なんでこの宝石にここまでこだわるのかしら…。)

それは街にある名高い商家から、先ほど失敬したものである。
盗みに入ったとき、厳重な警戒が為されてる部屋で見つけたものだ。
かなりの価値があると思い、持ち出したまでは良かったが屋敷から出る寸でのところで見張りに見つかってしまいこうして追われている。

「ただの宝石にしか見えないのに。 あのしつこさは尋常じゃないわね…。」

暫し考え込む。
なぜこれだけ執拗に自分を…この宝石を取り戻すために追いかけてくるのか。
何か重大な秘密があるのではないか。
様々な推測を頭の中で組み立てていたその時。
茂みが激しく揺れた。
共に、複数の足音が近づいてくる。

「いけない! 早く逃げなきゃ!」

その音を聞き我を取り戻し、再び走り出した。
が………。
ガツンと足元から鈍い音が響く。

「いっ………!」

一瞬、彼女には時が止まったかのように思えた。
足元に転がっていた何かに足をしたたかに打ちつけたのだ。

「たぁーい…っ! このっ…なんでこんなものが転がってるのよ!!」

怒り収まらぬ彼女は、それを両手で掴むと力任せに放り投げた。
人の頭ほどあるその石は大きな弧を描き森の夜の闇の中へ消えていった。

「はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ……。 少しはすっきりしたわ。」

満足そうにふふんと腰に手を当て勝ち誇る。

「って…、あれは?」

気づくと、石を投げた視界のずっと先に薄く赤く揺らめく光が見て取れた。
先ほどまで何もなかったはずの場所に、それは現れたのだ。

「なにかしら? もしかして、誰かが焚き火してるの…?」

これは助かるかもしれないと一縷の望みを抱き、光めがけてひたすら走った。
少し開けた場所に出た彼女は、辺りを見回すと焚き火の反対側一つの影を見つけた。



(まずは最初が肝心よね…。)

「あ、あのっ、助けてくださいっ! 悪い奴らに追われているんですっ!」

自分の出来る限りの、そしてありったけの演技力を振り絞り助けを求めた。
だが…。

「…うん?」

声に反応して立ち上がったのは、見た目10歳前後の男だった。

「って―――。」

黒い帽子に黒い服。 黒のなかに、赤を称えた瞳が印象的だ。
だが、どうみても、どう考えても…。

「こ、こ、子どもぉっ?」

「なんだよ、ボクを見るなり不満そうな声を上げて。 失礼じゃないか。」

黒服の子どもは不満げに彼女を睨む。

「そんな、そんな…。 折角期待してここまで来たのに…っ。」

「…ボクの話、聞いてないね。」

子どもはあきれた顔でやれやれという仕草をする。

「で、追われているってどういうことなのさ?」

その言葉にはっとした。

「そ、そうだ、こんなことしてる場合じゃないわ! 早く逃げないと!」

「ふーん…。」

再び逃げようとする彼女に対し、子どもはいたく冷静だ。

「大変そうだね。」

彼女にあまり関心がないかのように、焚き火の前に座りなおす。

「そうよ! 見て分からないの、この慌てようが!」

「誰かに追いかけられるようなことをしたんじゃないの?」

「う。 そ、そんなわけないじゃない…。」

子どもは彼女をじっと見詰める。
思いっきり疑いの目で。
だが、彼女にはその目には奥が知れない何かがあるように思えた。
自分の心の奥底までも、全て見透かされているような―――。

(本当に子どもなの、こいつ…。)

「もしかして、街のある商家が所有している紅い宝石を盗ったとか。」

「………っ!」

彼女の反応を見ると、子どもはふうと一言ため息をついた。

「…図星なんだ。 ま、そんなことするなら追いかけられて当然だね。」

そう言うと、先程とは対照的に子どもはくすくすと笑い出した。

「な、何よ。 気持ち悪いわね…。」

ひとしきり笑い続けるとぴたりと笑うのを止め立ち上がり、彼女の方へと向き直った。

「………………。」

「な、なによ…。」

その彼女を見る瞳には何も映っていないのではないかとも思えた。
だが、直ぐに目には光が戻り彼女を見据える。

「助けてあげようか?」

そう言い、初めて子どもらしくにこりと笑った。

「な、何言ってるのよ? 冗談に付き合う気はないわよ。」

「そのかわり。」

彼女のポケットを指差す。

「…その宝石をボクに頂戴。」

「ええっ、それは駄目よ! これはせっかく苦労して手に入れた…。」

「嫌ならいいんだよ、別に。 自力で何とかすれば?」

子どもはぷいと背を向ける。
それを見た彼女は困った顔をして、少し考えた。

(このまま逃げてもおそらく逃げられないでしょうね。 こうなれば、ここは一か八か…。)

(それに―――)

彼女にはこのような状況下で、目の前の小さな子どもに興味がわいていた。
先ほど感じた得体の知れぬ何かが知りたい…と。

「わ、分かったわよ…。 渡せばいいんでしょ。」

自分の本心を悟られないようさも不機嫌に、そして無造作に宝石を取り出し子どもに手渡した。
小さな手に置かれた宝石は焚き火の光を受け、いっそう紅く光り輝く。

「…確かに受け取ったよ。 これで契約成立だね。」

子どもは満足そうに宝石を自分の懐にしまいこんだ。
すると、適当な木の枝を一本折り、それを使い地面に何かを描いてゆく。

「何してるの?」

「ちょっとしたおまじないを…ね。」

怪訝そうに彼女は子どもに尋ねるが、それを全く意に介さないかのように黙々と作業を進める。
そんなことをしている暇はない―――と彼女は言いそうになったが、その言葉を飲み込んだ。
自分の身が危ないこの状況で、この小さな子どもが何をするつもりかを見てみたかったからだ。
じっとその姿を見つめていると、子どもは作業を終えたのか枝を放り捨てた。

「…ふう、こんなものかな。」

そしてぶつぶつと何か呟くと、彼女の側へ戻ってきた。

「いい? この円の外に出てもだめだし、声も立てないようにね。」

「円の外に出るなって…。 早く逃げないと追いつかれるのよ?」

「大丈夫だって。 ボクの腕を信じてくれればいいよ。」

子どもはその場に座り込み、そして笑顔を浮かべた。

「信じるも何も、私たち初対面でしょ?」

「だけど信じるしかないと思うよ。 奴らが追いついたみたいだから。」

「――――っ!」

「…静かに…ね。」

不意に側の茂みが揺れた。
すると、サーベルのような刃物を持った三人の男たちが姿を現した。

「ちっ、何処へ行きやがった? あの女狐め…。」

男の一人が悪態をつく。

「確かこっちへと逃げてきたはずなんだがな。」

もう一人の男が焚き火をじっと見つめながら呟いた。

「直ぐそこに居るはずだ。 探せ!」

そう言うと、三人は焚き火のある場所から三方へと散っていった。
そして辺りには火のはぜる音のみが残された。



「どうして私たちを無視したの? 目の前にいたのに…。」

辺りを見回し追っ手が去ったのを確かめると、肝心の疑問を子どもに問いかける。
すると得意気に立ち上がり、彼女の疑問を解くべく説明し始めた。

「ちょっとした魔方陣を描いたんだ。 この中にいれば外から姿だけは見えなくなるんだよ。」

焚き火を中心に、地面に描かれた線を指す。

「ホントに!? 凄いじゃない、それ!」

「…だけど声とか気配とかは消せないし、この中からは出られないからそんなに便利なものじゃないんだけどさ。」

「なるほど。 あのくらいの連中から逃れるのなら丁度良い代物ね。」

ふふ…と笑い、子どもに習って地面に腰を下ろした。
暫く会話はなかったが、ふと思い出したように彼女は話しかけた。

「ねえ、私が盗んだあの宝石はなんなのかしら。 あいつらはかなりこだわっていたみたいだけど。」

それを聞いた子どもはくすくすと笑う。

「なあんだ、やっぱりこれについて知らないんだ。 いやにあっさりとボクに渡すわけだね。」

「…な、なによ。 あんなものに重大な秘密が隠されているっていうの?」

「―――そんなもの、知らないほうが良いよ。」

「えっ?」

彼女が聞き返したその時。
辺りに鈍い音が響く。
そして彼女目の前にあった小さな体がゆっくりと地面へと倒れ伏した。
目線を上げると、そこには血に塗れたサーベルを持っている先ほどの男がいた。

「へっへっへ…。やっぱりこの辺りに隠れていやがったか。」

「うっ…ぐぐっ…。 このボクとしたことが…。」

彼女は不意に立ち上がり、後ずさる。
だが、 背後に気配を感じ別の方向へ飛び退いた。
そこには残りの二人がにやにやと不適な笑みを浮かべながら剣を構え立っていたのだ。

「手間をかけさせやがって…。」

「ど、どうして…? 私たちを見失ったはずじゃあ…。」

「俺たちを甘く見るなよ。 人の気配くらい察せない雑魚だとでも思ったか?」

倒れている子どもに容赦なく蹴りを浴びせる。
再び響く鈍い音共に子供の小さな体は低いうめきと共に勢いよく転がった。

「―――――っ!」

彼女は男を鋭く睨みつける。
だが、それを意に介さないかのように持っていた剣を再び彼女に突きつけた。

「さあ、大人しく宝石を渡せ!」

他の男たちも彼女を睨み、同じく刃物を突きつける。

「え、あ、その…。 私は………。」

出そうにも出せない。
宝石は既に彼女の手元には無いのだから。

(何とか切り抜けないと…。)

脱出する方法は無いか。
必死に考えるが何も思い浮かばない。
そんな姿をじっと薄目で見ていた子どもは片手で傷口を押さえながら空いている手を使い、自分の懐から宝石を取り出して男たちに見せた。

「ほら、宝石なら…ここにあるよ…。」

それは変わることなく紅く光り輝いていた。
だが、彼女には先ほどよりも、いっそう美しく見えたような気がした。

「ふん、こいつが持ってやがったのか。」

男の一人が唾を吐き、子どもの方へ近づく。

「そうだ、素直に渡せば痛い目見ずにすんだのになぁ…。」

そして、それを取ろうと腕を伸ばした。
しかし―――。

「…ほら、受け取って!」

声と同時に宝石は子どもの手を離れ、ほんの一瞬空を走るそれは紅い軌跡を描いた。
手を伸ばした男の手をすり抜け、別の方向へ飛んでいく。
宝石の行き着く先には―――彼女が、いた。

「えっ? えっ??」

思わず宝石を受け取るが、何をして言いか分からない。

「このガキがっ! なめた真似しやがって!!」

男たちが凄まじい形相で彼女を睨る。
そして宝石を奪い取ろうと襲い掛かった。

「その宝石を掲げて! そして助かりたいと願うんだ!」

「?」

「早くっ!」

「…わ、分かったわ!」

剣が鋭く唸り、振り下ろされる。
だが、その一撃を身軽に避けた彼女は間合いを取り宝石を思いっきり高く掲げる。

「ちっ…。 させるかよっ!!」

もう一人が勢いよく飛び掛る。

「がはぁっ!!」

しかしその攻撃は届かなかった。
彼女に攻撃が達する前に、男の背中に凄まじい爆音と共に大きな火の玉が直撃したのだ。
白目を剥き、口から泡を吹いて倒れる男を見て、子どもは力なく笑う。

「ふふ…。 さっきの…お返しさ…。」

「このガキ…っ。 てめえから始末してやる!」

子どもの一番近くにいた男が、跳躍し小さな体に剣を振り下ろした。
その時―――。

「ぐおぉっ!? な、何だこの光は…っ!!」

紅く輝いていた。
彼女の手にある宝石が、視界を奪うほど大量の光を放ったのだ。
まるで夜の闇を消し去ってしまうくらいに。
そして、全てが光に包まれた―――。



「………ふう。 どうやら助かったみたいだね。」

「な、何が起こったのよいったい?」

子どもに簡単な手当てをしながら、倒れている男たちを見る。

「もしかして、全員死んでるの?」

「…いいや、気絶しているだけ。 ま、これなら上出来だね。」

まだ体は痛むのか、立ち上がったあと少しだけよろける。
だが直ぐに体勢を立て直すと、歩き出した。

「そんなことよりもさ。 早くここから離れた方がいいよ。」

「そ、そうね。行きましょ。」

その言葉に促され彼女も歩き出した。
そうして暫く歩くと、森を抜けた。
街からだいぶ離れた街道だった。
空を見上げると、東の方角が既に白み始めていた。
それを見ると彼女は手を上に伸ばし、思い切り背伸びをした。
何故か安心感に包まれ、この場はなんとか助かったんだなと実感したのだ。
だが、ふと気が付くと子どもがじっと彼女を見つめていた。

「さ、もう終わったんだから返して。」

そう言い、小さな手を差し出す。
しかし彼女はその手を軽くはたき、一人で歩き出した。

「あら、私がさっき助けてあげたんだからこれで貸し借り無しよ。」

「そ、そんな…。 話が違うっ!」

「そうかしら?」

ぴたりと歩みを止めると、子どもの額に指を当てた。
「私がいなかったら、あなた確実に殺されていたわよねぇ。」

「う…。 だ、だけどそれは元々…。」

「でも、結果としては私が助けたのよね?」

ひるむ子どもに、彼女は勝ち誇った顔でにやりと笑った。

「ま、まあ…。 そうだけど…。」

「それなら何の問題は無いじゃない。」

そして額から指を離し再び歩き始めた。
だが、子どもはその場から動かない。

「だけど、それを持っている限り狙われ続けるよ。」

彼女の後ろから、ほんの少しだけだが深刻で、厳しい言葉が聞こえた。

「そうだ、いい考えがあるわっ!」

急いで子どもの元に戻り、屈んでぽんと両肩に手を置く。

「…あまり聞きたくないけど、何?」

子どもはあからさまに嫌そうな顔をする。
だが其れを気にする様子は全く無い。

「ねえ、この宝石が目当てなんでしょう? それなら私と一緒に行けば問題ないわよね。」

「あなたがいると何かと便利そうだし。 これがお子様じゃなくいい男だったら尚よかったんだけどねぇ。」

「な………っ!?」

「ま、仕方ないから我慢してあげるわ。」

自分の用件だけ一気にまくし立てると、彼女は納得したようにうんうんと頷いた。
そして、またまた歩き出した。

「全く。そんな勝手なことは…。」

「嫌ならいいのよ、別に。」

「うぐぐ…。」

暫く悔しそうに顔を歪めていたが、諦めたのか大きなため息をつき肩を落とした。

「仕方ないな…。 行けばいいんでしょ。」

子どもは早足で先を行く彼女に追いつき、歩調を合わせ隣を歩く。
そして呟くように、重く、小さく、言った。

「だけど、本当に必要になったら力づくでも貰うからね。 覚えておいてよ。」

再び、彼女はあの時のような感覚を覚えた。
思わず隣を見る。
だが、再びその感覚は感じられなかった。

「…え、ええ。 分かったわ。」

その後は二人とも押し黙り、次の街に着くまで一言も喋ることは無かった。
女盗賊と子ども魔術師二人の旅路はまだ始まったばかり…。
 
 
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