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クリエイター名 |
伊那和弥 |
サンプル
「ゆき子と、初恋と」 <現代 恋愛もの>
もう、昔のことなんですけど…… わたし、おとなしい子供だったんです。 引っ越してきたばかりで、目立たなくて引っ込み思案で。だから、子供の頃はよくいじめられてました。 その時も、運悪く下校途中、悪ガキ連中に出会ってしまって……もう思い出せないような、つまらない些細なことから何かの口論になって、突き飛ばされたんです。 わたし、地面に尻餅をついて、泣き出しちゃって。 別にそんなに痛かったわけじゃないんですけど、なんか悔しいのと悲しいので後から後から涙がこぼれてきて…… 悪ガキ連中も、わたしが泣き出すとさすがにバツが悪くなったのか、居心地が悪そうにわたしから距離を置いて、泣き続けるわたしを見ていました。 その時です。 「なにやってんだ!」 そう言って、少年が現れたんです。 後ろ姿しか覚えてないんですけど。 少年と悪ガキ達は、すぐに取っ組み合いのケンカになりました。 やがて悪ガキ達は、 「これぐらいにしてやる!」 とかなんとか、捨て台詞を吐きながら去っていきました。 「大丈夫? ゆきちゃん」 そう、少年が振り向きました。 「……ありがとう、セリザワくん……」 わたしがそう言うと、少年が、ニコッと笑ったんです。確か。素敵な笑顔……だったと思うんですけど、逆光になって顔がよくわかりませんでした。 わたしがもっと良く顔を見ようと近寄ると、世界がぐにゃりと解けて行って……
「……ってところで目が覚めたんです、今朝」 ゆき子は、筆を動かしながらそう言った。 相川ゆき子はちょっと目立つ女の子だった。 セミロングの黒髪をまとめて上げ、年の割に化粧していない顔。一見無邪気に見えるのに、胸のふくらみにどこか色気がある。 中学生の頃にはいじめられる事もなくなり、高校に入ってからは何となく絵に興味を持つようになり、美術部に入部した。 それから半年。 部員は少ないが、よく絵を描いている。自分でも大した才能ではないと思っている。けれど、今度のコンクールには出品してみるつもりだ。 弱小部で活動も自由参加なので、今、この美術部の部室には、椅子に座って絵を描いているゆき子と、その横に立って絵を見ている明石しかいない。 いつも大体こんな感じだ。 「ふーん、夢か……だからって遅刻の言いわけにはならないぞ」 「えへへ……すみませーん、先輩」 明石はゆき子の一年先輩である。見た目、それ程派手な感じはしない。どちらかと言うと地味な、眼鏡を掛けた、落ち着いた感じのする男の子だ。 目立つ特徴といえばどんぐり眼。大きな目を、しばたいていることがおおい。 美術部の次期部長でしょっちゅう顔を出すが、あんまり絵を描いたり彫刻を掘ったりする事はない。よく本を読んでるのでいつだったか、ゆき子がなぜ文芸部に入らなかったのか聞いた事があったけれど、本は好きだけど自分で書いたり評論したりする事には全然興味が無いと言っていた。 かと言って、それ程美術を好きでもないようなので、ゆき子としてはやっぱり不思議ではあったが。 「夢にまで見るなんて、よっぽど印象に残ってるんだね」 「そうですねー。セリザワくんって名前以外よく覚えてないんですけど、やっぱり嬉しかったし。その頃、近所に友達とかもいませんでしたし」 「……もしかして、それって初恋?」 「そうかもしれませんね。今となっては、懐かしい思い出って感じですけど」 ゆき子がそう笑った時、広いとは言えない部室の中に、キーンコーンという予鈴が鳴り響いた。
授業中。 教師が黒板に刻むチョークの音だけが、教室に響く。 ゆき子は、教科書を開いたままボーっとしていた。 ふと視線を落とすと、いつの間にか明石をデフォルメした感じの絵を落書きしている。 「……何で、あんな話しちゃったのかなぁ……」 小さく呟いて、その絵をシャープペンでぐしゃぐしゃに塗り潰した。 ゆき子は少し後悔していた。 今まで、明石先輩にそんな事まで話した事はなかったのに、どうしてだろうと。 ボーッとしたまま授業は終わり、ボーッとしたまま休み時間も過ぎ、ボーッとしたまま昼休みになってしまった。 いい天気だし、どこで食事しようかな……と相変らずボーッと考えながら廊下を歩いていると、見慣れたどんぐり眼が向かいから歩いて来た。 「あっ、先輩……と?」 声を掛けてから、思わず疑問が口から出てしまった。 明石の隣に、妙に親しげに肩を組んでいる男子がいる。 「ああ、相川さん……こいつは、イトコの芹沢。少し前に転校してきたんだ」 「へぇ、お前の後輩? かわいいじゃん」 芹沢がにやにや笑いながら、じろじろとゆき子を見る。 芹沢は一見して格好いい男だった。痩せ型で背も高く、茶髪も似合うスッキリした顔立ち。目鼻立ちがくっきりしているので、クォーターと言っても通るだろう。今はしていないが、耳にピアス穴が空いている。 「美術部の後輩で、相川ゆき子です、よろしく!」 陽気にゆき子が答えると、 「ふぅん、君がゆき子ちゃんかぁ。こいつから話は聞いてたぜ」 芹沢が、小さくうなずきながらニヤッと笑い、 「せっかくだから、一緒にお昼食べないか?」 「そうですね」 「じゃ、食堂にでも行こう」 と言うわけで、ゆき子達は一緒に食堂へ向かった。
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