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クリエイター名  桐崎ふみお
アナタの好きな色

貴方の好きな色


(あぁ…俺はどうしてこんなところにいるんだろう?)
 夕暮れ時、校舎の屋上からぼんやりと遠くを眺めながら雄太はそう思った。
 いや屋上に出てきた理由はわかっている。雄太は地学部員であり、此処は地学準備室上、れっきとした部活動場所であり、顧問の地学教師に頼まれた鉱石標本の整理にいい加減飽きてきたので気分転換がてら屋上に出てきたのだ、なんの問題もない。
(一体全体俺は何か悪い事をしたのだろうか)
 視線だけで隣を確認する。隣には千紗と要、幼馴染であり同じ地学部員でもある二人。
 まず要が「俺も飽きた」と雄太を追いかけやって来て、続いて「さぼるな!」と千紗もやって来た。
(お前もさぼってるじゃないか…)
 はしゃいだ様子で要に話しかけている千紗に雄太は不貞腐れた様子でパックのジュースを啜る。時折此方に向けられる千紗の視線が痛いのは気のせいではないだろう。雄太はこの空間で邪魔者であった。要はともかく少なくとも千紗にとっては。

 本当は千紗が屋上にやって来た時点で準備室に戻ろうと思ったのだ。それを空気が読めない要が呼び止めた。そしてそのまま千紗と要の会話が始まってしまい、なんとなくこの雰囲気を壊してはまずいような気がしてこの場で背景に徹することにしたという次第である。
 俺は空気、俺は手摺、俺は壁…そんな事を繰り返し思いながら二人の会話をBGMに夕日を眺めていた。
「夕日が赤いなぁ」
 要が空を指差す。
「ホント真っ赤!!」
 千紗が頷いた。
 雄太は沈黙だ。
 そんな雄太を心配したのか要が声をかけてきた。
「なあ、雄太夕日が赤いと翌日は雨だっけ? 晴れだっけ?」
 いきなり名前を呼ばれて思わずジュースのパックを強く握ってしまう。ストローからイチゴミルクが飛び出した。
「あ…いや……どうだっけ、かな? なあ、千紗?」
 千紗に話をふれば案の定ジト目で睨まれる。後から来たのはお前達だろう、という言葉もきっと耳に届かないだろう。
「どっちにしろ綺麗だよな…」
 要は指で夕日を四角く切り取る真似をした。要は写真も趣味だ。地学部に入ったのも天体の写真が撮りたいという理由がある。
 そのまま指で作った窓を校庭へと下ろしていく。
「夕暮れ時の練習風景」
 さして広くない校庭をシェアして使用しているラグビー部、サッカー部、野球部と順繰りに切り取る。
「野球部……お、水野がいた。アイツ、教室では声のでかい毬栗君のくせに、こうしてみると結構格好良く見えるな。こっからじゃ顔が見えないからか…」
 集団の中にクラスメートを見つけた要が屋上から声を声援を送る。
「あのね、要。水野君は女の子に人気あるんだよ」
 背が高い、練習してる姿が凛々しい、元気と、水野が人気の理由を千紗が指折り数え上げる。水野の話をしているというのに千紗の視線は要に固定されたままだ。
 千紗は長いこと要に片思い中だ。恋愛に疎い雄太ですら気付くほどにあからさまであった。地学部に入部したのだって、要が入部したからだ。入部前は地学部がどんなことをするところだがわかってもいなかった。
 でもそれに要は気付いていない。悲しいかな、要は千紗のことを雄太と一緒と同じ幼馴染の親友だと思っていた。

 そして雄太は……。

 ともかく、要に声をかけられたためにまた逃げ出す機会を逸して結局屋上に留まっていた。
 しばし当たり障りのない会話をした後、沈黙が訪れる。
 夕日が次第に姿を隠し始めた。三人でそれを見つめている。
 沈黙が重たい。早くこの場から去りたい。でも自分が去ったら要もついてくるだろう。
(いや、でも…そんなこと気にしてる場合じゃない)
 胸騒ぎというか嫌な予感とでも言おうか。ともかく雄太の本能は早く此処から立ち去れと命令していた。
「あ…俺、さぎょ……」
「あの辺り…」
 意を決した雄太の言葉を要が遮る。そして沈む夕日の少し上、橙色に輝くあたりを指差した。
「ほら、あのオレンジ。千紗の新しいマフラーの色に似てるな」
「マフラー変えたの気付いていたの」
 答える千紗の声が弾んでいる。

(ああ、本当になんで俺はこんなところにいるんだ)
 いくら焼肉を食べても翌日にはすっきり、そんな丈夫な胃がキリキリと弱音を吐いた気がして、思わずその辺りを押さえる。

「気付くも何も、似合う? って何度も聞いたじゃないか」
 笑う要に落ちる千紗の肩。その背中に雄太の胸の奥がチクリと痛んだ。
 要は知らないだろう。普段青や緑を好む千紗がどうしてオレンジ色の新しいマフラーを買ったのか。その理由を考えもしないだろう。
「そうだけど…。そういう時は言われる前から気付いていたとか言うべきじゃない? 乙女心に敬意を表して」
「乙女心に敬意ってなんだよ、意味わからないよ」
「だから要はモテないんだよ」
「良いんだよ、俺には雄太と千紗がいるし…」
 千紗の憎まれ口に要が唇を尖らせる。千紗が息を飲んだのがわかった。
「ま、いいの。要がそういう人だって知っていたし」
 ふいっと千紗がそっぽを向いた。
「えー…千紗、拗ねるなよ。あのマフラーか可愛かったって。オレンジ色、俺好きだよ」
 千紗が何か言いかけて止めた。
(それ以上言うな…)
 心の中で雄太が願う。しかし願いも空しく。
「知ってる」
 酷くまじめな声で千紗が答えた。
「でもさ千紗は空色の方が似合っているよ」
 要が罪のない笑顔を浮かべる。
(ほらみろ)
 千紗の想いは要には伝わらない。なのに雄太はわかってしまう。だから要の反応に肩を落としたりはしゃいだりする千紗を見ているのが辛かった。
(こっから逃げ出したいなぁ…)
 気のせいではなく胃が悲鳴を上げている。何故当事者ではない自分がこんなに苦しまなくてはいけないのか、雄太は飲み残しのジュースをたぷんと揺らした。
「オレンジ…私には……にあわ…」
 どうして今日に限って千紗は要に絡むのか。
(これ以上俺の胃に負担をかけないでくれ)
 雄太がジュースのパックをわざと握りつぶして話を中断させようと決心したときであった。
 準備室へと続く扉が勢い良く開かれる。
「センパイ方、なにしてんですか。整理終わったかーって先生が聞きにきましたよ」
 暢気な明るい声が屋上の空気を壊した。開いた扉を背に後輩の佐倉が仁王立ちをしている。
「まったく、三人揃って屋上で黄昏ちゃって。整理全部私に任せるつもりだったんですか?」
「ああ、ごめん、ごめん。今すぐ戻るから」
 要が愛想のいい笑顔を浮かべて準備室へと戻っていく。扉の奥へと消える要の背を視線で追っていた千紗が一瞬だけ雄太を見た。
 俺は何もしりませんよ、とでも言うように雄太は肩を竦める。
 要と千紗が戻った後、佐倉が雄太の傍へとやってきた。
「ほら、センパイもボケてないで行きますよ。あれ……」
 佐倉が雄太の手の中にある変形した紙パックのジュースに気付く。
「うっかりジュース零したんですか? もう、それがショックで黄昏ていたって言うなら整理が終わったら私が買ってあげますから」
「あのなぁ……」
 腹の底に溜まっていた諸々とともに雄太は大袈裟な溜息を吐いた。ようやくまともに呼吸できた。
「後輩に奢ってもらうなんてできるかよ」
 戻るぞ、と一歩踏み出した時、佐倉が夕日に向けて大きく伸びをした。
「オレンジ色、要センパイの好きな色じゃないですかねぇ」
「…お前、いつから見てた?」
「野球部の水野センパイあたりから? 気付いていなかったんですか? センパイも要センパイの事言えませんよ」
 雄太のことを鈍感だと笑う。
「あの状況で他の事気にしてられるかよ」
「まあ千紗センパイのことばかりみてましたものね」
「………っ! あれはほら、…その、あれ、だ。あれ。千紗が一々落ち込んだりするから気になった、っていうか…」
 慌てる雄太に佐倉がベェと舌を出してみせた。
 下から自分達を呼ぶ声が聞こえてくる。
「あ…早く戻りましょう。一番さぼった雄太センパイには一番頑張ってもらわないといけませんから」
 前へ進め!と言わんばかりに佐倉が扉を指差した。
「だーかーらー俺は好きでさぼったんじゃねぇって」
「はいはい。わかってますよ…」
 手をひらひらとさせ頷く佐倉はどうやら本気で雄太の言い分を聞くつもりはないらしい。
「あぁ、もういいよ。俺は鉱石標本をひたすら磨きます」
 唇を尖らせた雄太が佐倉を追い越していく。

「本当に、センパイ達は似てますよねぇ」
 すれ違い様溜息と共に吐き出される声。

「………佐倉、お前、今何か言ったか?」
 振り返る雄太に佐倉は「べっつにー」と首を振ってみせた。
「ところでセンパイ、センパイの好きな色って何色でしたっけ?」
「国防色」
「そこはカーキ色って言っておきましょうよ。だから女の子にモテないんですよ」
 聞き覚えのあるやりとりである。
 狭い階段だというのに佐倉が無理矢理横を通り過ぎていく。跳ねるように階段を降りていくものだから、髪が尻尾のように左右に揺れている。
 その揺れている髪をまとめているのは………。

「あ…」
 カーキ色の髪留め。少し前に買ったというのを思い出した。女の子が使うにはあまりにも地味な色だったから、気になった聞いたのを覚えている。あの時は確か「秋っぽいから」と言われたのだが。

「センパイ、何立ち止まっているんですか? 早く終わらせて早く帰りましょうよ」
 階段を降り切った佐倉が振り返った。
(少なくとも俺は要ほど鈍くはねぇよ)
 雄太は心の中で返す。
 先程の千紗の落ちた肩を思い出した雄太は佐倉を呼び止めようとした。
(いやでも…なんて言えばいいんだ?)
 結局開きかけた口にストローを突っ込んだ。
 ただ気付いたところでどうすればいいのかは分からなかった。
(気付かない要と知らん振りする俺…どっちが悪いんだろうなぁ)
 雄太はずっと音を立ててイチゴミルクを啜る。口の中がべたべたするほど甘い味のはずなのに味がわからなかった。
 
 
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