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クリエイター名  瀬戸太一
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   ―…ガラリ。
「あれー。何でまだ居るの?」
 放課後の教室。窓の外は夕暮れを通り越して暗くなっている。もうそろそろ校門が守衛によって閉められる時刻だ。部活の連中もとっく帰ってるだろう。当然のごとく、教室の中には俺しかいない。
 そこに入ってきたのが、今さっき能天気な声を上げたこいつ―…常盤ひなただ。
「…居ちゃあ悪いか?」
 俺は少々不機嫌そうな声を出した。別に機嫌が悪いわけでもない。…単に誤魔化しただけだ、心の動揺をな。
「ううん、悪くないけど。もう遅いよ?もう一ノ瀬ンとこも部活終わったでしょ」
「ああ、終わったよ」
「だから何で居るのよ」
「いや、何で居るのっていわれても」
 俺は苦笑した。居るから居るというしかないだろう、こういう場合。
 常盤は訝しげに俺のほうまで近寄ってきて、俺が机の上に広げているものを覗き込んだ。
「ウッワー、宿題やってるっ!嫌な奴ぅー」
 ゲッと眉をよせ、嫌なものを見たという顔をした。
「云っとくけど、別に何でもねーんだからな」
 何となく常盤の反応は予想していたものだったので、それほど不快には感じなかった。
「うそ、何かあるわよ。何でわざわざ残ってやってんの?誰か待ってるとか?」
 もう眉は元の形に戻っている。ニヤニヤと笑いながら聞いてくる。
全く、コロコロと表情が変わる奴だぜ。
「別に?だから俺はこれが普通なんだって」
 俺は呆れた声を出した。何度も云うが、別に呆れているわけじゃない。これはただのポーズってやつだ。きっとこいつには、こうやって残ってまで宿題やるなんて想像つかねえんだろうなァと思いながら説明してやる。
「俺ンち兄弟多いからよ、家で勉強出来ねえんだわ。なんつーの、邪魔されるっつーか。俺、いつもこうだぜ?部活終わった後に、ここでやってんの」
「ふぅん…でもやってこないよりはいいよね」
「まーな。」
 いつもやってこない常磐の台詞に、俺は苦笑した。


                         ★


「まーな。」
 何かその言葉の裏の苦笑いが気になるけど、まあいいわ。さっきはホントにビックリした。だって、誰も居ないと思って扉開けたら、ポツンと一ノ瀬が座ってるんだもの。
「そーいや」
 一ノ瀬が思いだしたように云った。ううん、ホントに忘れたのかもしれない。
「常磐は何でここにいるんだ?」
 まあ聞かれるとは思ってたけどね。あたしはそそくさと自分の席に行って、机の脇に掛かっていた紙袋を取った。
「えへへ〜お弁当忘れちゃってさ。明日まで放っといたら異臭放つだろうな〜と思って、取りに来たって訳よ。初夏はこれだからいやよね」
 一の瀬の座っている席の前の机に腰掛けて、足をブラブラさせてみた。一ノ瀬はあたしの台詞を聞いて、見るからに「げんなり」って顔をした。
「何よ、その顔」
「お前………。女だろ?」
 その言葉にはちょいとばかりムカッときた。
「女だから、とか男だから、とか云わないでよね。そういうの大ッ嫌い」
「ああ…すまん、今のは悪かった。確かに弁当持って帰るのは男も女も一緒だよな、うん。取りあえず弁当は持って帰れよ、お前。異臭放つどころじゃなくなるぞ」
 一ノ瀬は納得したような顔を見せて置いて、やっぱり呆れた声を出す。
「…分かってるわよ、だからわざわざ取りに来たんじゃない。全く、一ノ瀬は細かいコト気にしすぎなんだって」
「お前が大雑把すぎるんだよ」
 ホンット、ああ云えばこう云う男よね。尻の穴が小さいじゃないの?
 そのとき、あたしはやっと肝心なことを思い出した。前からこいつに言っておきたいことがあったのよね。
「そーいえばさぁ、一ノ瀬」
「…なんだよ、ニヤニヤして」
 一ノ瀬はノートになにやら書き写していた手を止めて、眉を潜めてあたしを見た。…そんなにニヤニヤしてるのかしら、あたし?
「あれの返事はもうしたの?待たせちゃあ駄目よー、女のコはいつだって不安なのよ?」
「――……………はあ?」
 さらに眉を潜めている。
「んっふっふ〜言い逃れは聞かないよ。あたし見ちゃったんだからね」
 ちっちっち、と指を振ってみる。
「―………???」
 眉を潜めたまま、今度はクビを傾げている一ノ瀬。…ホントに分かってないわけ?鈍いオトコね。
「だからァ、四日前の放課後、東館校舎の裏手―――」
「????」
 まだハテナを一杯浮かべている。駄目だこりゃ。
「―――――――……1つ年下の、可愛いショートカットの女のコ」
         ガタタッッ!!!
「な、何でお前がそれをッ!!?」
 一ノ瀬は勢い良く(机を倒してまで)立ち上がって、オーバーすぎるリアクションであたしにビシィッと人差し指を突きつけた。
 それをじっくり堪能したあたしは。
「あーっはっはっはっは!!!あーおかしー。ホントあんたっていいキャラだわ、マジで」
 自分が座っている机をバンバンと叩いて、腹を抱えて大笑いした。まさに希望どおりの反応、あたしを裏切らない男よね、一ノ瀬。

                         ★

 俺は人差し指を真っ直ぐ宙に突きつけながら、そのままの姿勢で固まってしまった。まるで自分の体が石になってしまったみたいだ。その俺の目の前で、俺を固まらせた張本人が笑い転げている。目に涙まで浮かべてんじゃねェよ、クソ。
 きっかり2分俺は固まってから、のそのそと動き出し、先ほど己が倒した机を片付けにかかった。床にばらまいたプリントや教科書、ノート類を元通りにすると、何も無かったかのようにまた作業に戻る俺。
 常盤はそんな俺がいたく気に入らなかったらしい。
「ちょっと、ちょっとちょっと!何またやり始めてんのよっ!シカトってわけ?」
「…うるせえ」
 こっちが聞かなかったことにしてるってことが、分かんねえのかこの女は。俺はゆっくり、ゆっくりと顔を上げた。常盤は少なからずビビってるのが分かる。…そんなに怖い顔してるか、俺?
「―…じゃあ聞くがな。常盤、何でお前がそれを知ってんだ?」
 常盤は何故か偉そうに胸を張り、
「だって見ちゃったんだもん」
 と言った。
「部活に行く途中でさァ、ちょっと東館の裏通りかかったら、あんたと一年のコが居て。何喋ってんのか聞こえなかったけど、大体ああいうのは雰囲気で分かるのよ。
ねぇ、告られてたんでしょ?白状しなさいよっ」
 ニヤニヤと、机に腰掛けながらこっちを見てくる。
 俺は一応聞き返した。
「…聞こえなかったのか?」
「うん、全く。全然。これっっぽっちも」
 真顔でコクコクと頷いている。
「あ―……」
「なに、何?」
 興味津々、と言った顔で、俺の顔を覗き込んでくる。
「じゃあ、いいや」
 俺は無視することにした。聞こえてなかったんならどうでもいいんだよ、実際。
 常盤はやはり、そんな俺の反応が期待はずれだったらしく、
「良くない!いいじゃん、教えてよー!減るもんじゃないっしょ?」
「〜………!ああもう」
 俺はそっぽを向いて、頭をワシワシと掻き毟った。
ったく…なんでこう、この女は鈍いんだ!?
 俺の心中を全く察していない常盤は、なおもしつこく尋ねてきた。
「ね、ね!じゃあオーケィしたかどうかだけでも教えてよ。結構可愛いコだったじゃない?素直そうだし。大人になったら美人になると思うけどな〜」
「――………。」
 俺はハァと大きくため息をついた。仕方ねえ、これ以上黙ってると、何聞かれるかたまったもんじゃねぇからな。
「………断った。」
「ふーん、やっぱりね。そうだと思った……って、断った?マジで?」
 常盤は大きい目を更に大きくさせた。
「振っちゃったの?」
「振ったとか云うなよな」
 俺はこの、『フッタ』とか云う言葉が嫌いだ。別に無下に突き放したわけじゃない。ただ単に合わなかっただけだ。俺と、一つ年下の可愛い彼女と。
 そんな俺の気持ちを知らず、この女は。何が『結構可愛いコだったじゃない?』だ。その断った理由つーもんを全く考えちゃいないんだろう。

 こんな女に惚れちまった俺も、絶対どうかしてる。

「…何よ、そんな顔しないでよ。わぁーった、あたしが悪かった!うん、人の恋沙汰に口出すもんじゃないわよね、うん。」
 ウンウンと頷きながら、
「でも、勿体無いわよねえ。あたしから見ても可愛かったのにな〜」
 とか呟いてやがる。分かってねえな、こいつは。
俺はもう一度ため息をついた。もう顔は上げずに、また宿題に没頭する『フリ』をする。
 そしてボソッと、聞こえないように、聞こえるように呟いてみた。


「―………どれだけ他の奴から告白されたってなぁ、本当に好きな奴から云われなきゃ、意味は全くないんだよ」




                         ★



「――――え?」
「何でもねえよ」
 何か一ノ瀬が、下向きながらごにょごにょ云ってて、よく聞こえなかったから聞き返したのに。速攻で返されてしまった。
 ―…あたし、こいつに嫌われてんのかな?
いつ話し掛けても素っ気無い返答。京介に対してのこいつを見てると、別人みたいに思えるときもある。でも、本当に嫌いなら無視するわよね。何だかんだいって、結構良く話はするのよ、こいつとは。
 もう、何かよく分からない。こいつって何考えてんだろ?
 ふと一ノ瀬を見ると、驚いたことに帰り支度を始めていた。
「?…もう帰ンの?」
「時計見てみな」
 くいっと、親指で教室の前に掛かっている大き目の時計を指す。見ると短針が8の字に差し掛かっているところだった。
「もうこんな時間?」
「そ。俺は帰るぜ。門が閉められちまうからな」
「あっ、じゃああたしも―…!」
 あたしは慌てて帰り支度を始めた。といっても、取りにきた弁当箱の袋を持つのみだけど。一ノ瀬はというと、もう既に帰る準備は万全で、教室の入り口に立って電灯のスイッチに手を伸ばしてたりする。あたしも急いで扉から外に出る。それを待っていたかのように、背後が真っ暗になった。
「あ、ありがと」
「ん。」
 あたしはさっさと歩き出している一ノ瀬の背中に声をかけた。こっちを振り向かずに短く返す一ノ瀬。と、思ったらふいにこっちに振り向いた。その顔は少し呆れている。
「早く来いよ、置いてくぜ?送ってやるからさ」
「…え?」
 その台詞に、あたしは少なからず驚いてしまった。だって、こいつがそんなこというなんて。しかも自分から。
「でも、あんたの家、方向逆でしょ?」
「いいよ、危ねーだろ」
 もう前に向き返って、あたしのほうを見ていなかった。
 でも、分かっちゃった。今、ちょっと照れてるでしょ?
「いっちのせっ!」
 あたしは勢いつけて、一ノ瀬の背中をドーンと叩いた。
「うわっ!」
 思いがけない攻撃だったからか、少しよろけてる。
「何すんだよ」
「えっへっへ〜」
 あたしは何故か、何処かがくすぐったいような、嬉しいような気持ちになって、一ノ瀬の腕に自分の腕を絡み合わせた。
「ありがとね」
「お、おう」
 一ノ瀬の横顔の頬に、うっすらと赤みがさしている。

そんなこいつを見て、あたしはほんの少しだけど―…可愛いかも、と思ってしまいました。







        完
 
 
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