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クリエイター名  島原小唄
サンプル

「霊媒少女 JUMP!」

 ――直ちゃんが、変だ。

 中学二年の二見珠(ふたみ・たま)は、親友の雉川直(きじかわ・なお)の様子が気になって仕方なかった。
 と、いうのも、普段はうるさいぐらい賑やかな直が、朝からずーっと自分の席に座ったままなのである。
 しかも、カエル座りで。
 そんな直の様子を、クラスメートたちは遠巻きに見守るだけにとどめている。
 気持ちはわかる。いまの直の姿は、正直、気味が悪い。
 だけど、みんな薄情だ……!
 そう憤慨する珠にしたって、クラスメートの集団の中に入らないだけで、直から距離を置いていることには変わりない。
 けど、直に何らかの異変が起こったとき、すばやく飛び出せる心構えはできている。
 それでも、できれば、なにも起こらないでほしいというのが、珠の正直な気持ちだったりするのだが。
 と、そのとき――。
 ガタリ、と直の席が音を立てた。
 見れば、目をギラリとさせた直が机の上のハエにいまにも飛びかかろうとしている。
「直ちゃん、ダメッ!」
 珠が背後から飛び出して、直を羽交い締めにする。
「ケ……ケロ……!?」
「直ちゃん、それだけは……それだけは、ダメだってばぁ……!」
 ぐぐぐ……。
 激しく抵抗する直をなんとか押し止めようとする珠だが、直の怪力(!)の方が勝った。
「……え?」
 直は自分の首筋にからみついている珠をそのままに、ぴょんと跳びあがると、教室の壁という壁にばんばん当たりながら、ハエを追い回しはじめた。
 当然、クラスメートたちはそれに巻き込まれて、教室はさながら阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
     ◇
「ふーん」
 珠の親戚の自称美人霊媒師の朱(あき)が、直をまじまじと見つめて、
「見事に、取り憑かれているわね」
 といった。
「朱姉、なんとかなる?」
 心配そうにたずねる珠のとなりには、全身をロープでがんじがらめに縛られた直がカエル座りしている。ふたりとも、体中アザだらけで、制服はボロボロ。それだけで、ここまでの苦闘を見て取ることができた。
 教室で暴れる直の一瞬の隙をついて、珠がロープで縛り上げ、必死になって朱の家に連れてきたのである。
 その際に犠牲になったクラスメートたちの断末魔の叫びを、珠は決して忘れることはできないだろう。
 とはいえ、この頼みの綱の朱も、信用していいかどうかわかったものではない。
 なにしろ、自分で美人霊媒師というだけならまだいいが、注目すべきはその衣装。
 巫女でもないのに巫女装束なんか着て、しかも、自分の巨乳を自慢したいのか、胸元を大きく開けたりして、その色気過剰なことときたら、イヤミったらしくていけない。
 これは、珠が中学二年にもなっていまだに幼児体型で、小学生の頃の服が楽勝で着れてしまうことにコンプレックスを抱いているからではない。そんなの全然関係ない!
 珠が朱を苦手にしているのは……そう、小さい頃から儀式といって、何かにつけ、朱の実験台にされていたからである。
 あるときなど、幽体離脱の実験台にされて、そのまま三途の川を渡ってしまいそうになったことがある。あとで家族に話したら、笑って相手にされなかったけど、珠は確かに見た、半年前に死んだおばあちゃんが川の向こうから手招きしているのを!
 まあ、そんな嫌な思い出が色々あって(いくつか、どうしても思い出せない記憶があるのだけれど)、珠は朱がすごく苦手だった。
 それでも、朱に頼らなければならないところに珠の哀しさがある。

「朱姉、なんとかなる?」
 珠はもう一度たずねてみた。
「あんたね、バカみたいに二回も同じこといってんじゃないの。あたしゃ、これで食ってんのよ!」
「そ、そうだね……ごめん」
 なにもあんな言い方しなくたって……。
 珠がぶつぶつ文句をいっていると、なにやらゴソゴソとやっていた朱が、
「珠……その娘を押さえてちょうだい」
「う、うん……………えっ!?」
 見れば、木の杭とトンカチを手にした朱が、危ない目でこちらを見ている。
「ちょ……朱姉、なに!?」
「見ればわかるでしょ、除霊よ!」
「無理あるって!」
 そう、そんな☆×▲◎のような爛々とした目でいわれたって……。
 だが、怯える珠にかまわず、朱は爛々した目を直に向けて、
「――あたしゃね、臭いものはもとから断つって決めてんだ!」
 いうが早いか、縛られている直に飛びかかる。
「直ちゃん!」
「ケロー!?」
 突然、カエルのような鳴き声を発したかと思うと、次の瞬間、直は部屋のガラス窓を破って、外へ飛び出していった。
「チッ……。珠、追うよ!」
 朱が舌打ちして振り返ると、先ほどの衝撃で珠が目を回していた。
「ったく、世話の焼ける……!」
 朱が珠を背中に抱える。
「ふぁい……お世話になってますぅ……」
 珠はへろへろになって答えた。

 朱と珠が、直を追いかけている間、ふたりは信じられない光景を目にしていた。
 住宅街の屋根から屋根を、直がカエル跳びで移動しているのである。
 その跳躍力たるや、もはや人間のそれではない。
 そんな化け物じみた直の姿を見ながら、いまさらながら珠は、何でこんなことになったんだろうと考えていた。
 きのう、一緒に帰ったときは、直はまだ普通だったはずだ。
 そう、直ちゃんが、こっちの方が近いからって神社のところで別れて……。
 それで、次の日学校に来たら、あのありさまだったのである。
 と、いうことは……。
「珠……!」
 ふたりの行く手には、古びた神社の鳥居が見える。
 きのう、直と別れた場所だった。
     ◇
「あそこ……っ」
 珠が指さしたさきに、直径5メートルほどの小さな池が見える。
 直を追って、ふたりが神社の裏手の茂みを覗くと、小さな池の周りを直がぴょんぴょん跳びはねていた。
「直ちゃん!」
 思わず、身を乗り出す珠の鼻先に、突然なにかが張り付いた。
「きゃっ……やぁん、なになに……!?」
 パニックになって、鼻先の物体をはたき落とすと、それは一匹のアマガエルだった。
「カエル……?」
「そうみたいね」
 朱が拾い上げて、まじまじと見つめる。
 さきほど地面に叩きつけられたショックで、アマガエルはのびてしまっていた。
「朱姉……」
「気絶してるよ。…………おーい……おーい……!」
 朱の指が、ぴしゃぴしゃとアマガエルの白い腹を叩く。
 と、そのとき、ハッと意識を取り戻したカエルが、朱の顔を見た瞬間、逃げ出すように珠に飛び移った――ように珠には見えた。
「……!」
「まー、失礼なカエルだわね!」
 朱はアマガエルの行為がよほど気に触ったらしく、
「珠、そのカエル、こっちによこしなさい!」
 と、珠をにらみつけた。
「ど、どうして?」
 いい知れない不安を感じる珠。
 そんな珠の様子を見透かしたかのように、朱がにやりとして、
「もち、尻爆竹の刑!」
「やめてよ、そんなの!」
「なんなら、尻風船だっていいのよ」
「そういうことじゃないの!」
 なんだか恐ろしいことを口走る朱を、珠が激しく拒絶をする。
「チッ」
 舌打ちして、珠の手のアマガエルをにらむ朱。
 だが、アマガエルをじーっとにらんでいた朱が、ふいに何かに気づいたように、あっと声をあげた。
「ちょっと珠……このカエル…………あの娘だわ!?」
「え、直ちゃん……!?」
 見れば、手のひらのアマガエルがウルウルした目でうなずく。
「ええっ!?」
 珠、ギョッとして、
「なんで? なんで直ちゃんなの!?」
 あんまりな展開に、にわかに信じることができない。
「珠」
 朱が足下に落ちていたあるものを拾い上げた。
 それは、二体の焦げついた藁人形だった。
「なにこれ?」
「これは、降霊実験に使われたものだわ」
「コウレイジッケン?」
 実験……!?
 珠はなんだか、この先を聞いてはいけないような気がした。
 だって……だって……すごく嫌な予感がするから……!!
 けれど、朱にそんな珠の不安がわかるはずもなく、
「この人形を媒介にして、霊と対話するのよ。おそらく、彼女は運悪くその実験のとばっちりを受けて」
「カエルと魂が入れ替わった――」
 朱、うなずいて、
「競馬の予想をするためにノストラダムスを呼ぼうとして、とんだことになっちまったわけね」
 うんうんとうなずいてさらに納得する。
 珠もほーっと合点がいって、
「そ、そうか、そういうわけだったんだー。…………て、おい!?」
 あ、危ねえ……!
 危うく、とんでもないことを聞き流すところだった。
「な、なんで朱姉がそんな詳しいわけ!?」
 おそるおそるたずねる珠。
 だが、それに対して、朱はべつだん表情も変えず、
「え? なんでもなにも、あたしがやったからさ」
 しれっと答える。
「はい!?」
「いやー、霊媒師の仕事って、実はそんなに儲からないのさ。だから、ちょいと小銭をネ」
 などと、かわいくウインクしたりする朱に、珠は生まれ初めて殺意をおぼえた。
「…殺してぇ……」
 だが、いまは呟くだけでとどめておくことにする。
 とにかく、直を元に戻す方が優先だ。
「朱姉、なんとかして!」
「まあまあ、原因がわかりゃ、元に戻すのは簡単。……もっとも、あんたが協力してくれればの話だけどね」
 朱がにやりと笑う。
 珠はそれを見て、背筋に寒いものが走った。
 あれは、何かを企んでいるときの目だ。
     ◇
 珠の頭でヘビがとぐろを巻いている。
 珠が不安な表情で、
「朱姉……大丈夫〜!?」
「だいじょぶ、だいじょぶ、あたしを信じなさい!」
 かたや自信満々の朱。
 朱が立てた作戦はこうだ。まず、直とアマガエルの魂を入れ替えるために、両者の動きをその場にとどめておかなければならない。直の魂が入っているアマガエルはよいとして、池の周りを跳びはねている直の体にはカエルの魂が入っているわけだから、カエルの苦手なものとしてヘビを使って、動きを止めるという理屈である。
 まあ、朱の立てた作戦はともかく、やるのは珠なわけで、実際、頭に乗せるヘビにしたって珠自身が捕まえてきたものである。
「……あたし、ヘビキライなのに」
 そんなこといってわかってくれるような人間なら、こんな苦労はしない。
 ああ、もう生命さえ無事であれば……!
 ここまできたら、ただそれだけをひたすら神に祈った。
「じゃ、いくよ!」
 朱が服の袖から、十字架に数珠を絡めたような、ある意味、和洋折衷的な神器を取り出し、珠の前にかまえた。
「うー……」
 念を込める朱。次の瞬間、ぽいと神器を投げ捨てて、
「ア・ラ――――――!!」
 渾身の右ストレートで珠を殴り飛ばす。
「なぜーっ!?」
 ド派手に吹っ飛ぶ珠。木に激突して落ちる。
「いつつつ…………はっ!?」
 意識を取り戻した珠が、ハッと気がついた。
 この腹帯が大地をつかむ感覚! まさしく蛇腹!!
 珠の魂は見事にヘビと入れ替わっていた!
「珠……!」
 朱が珠を促す。
見れば、池の周りを跳びはねている直がいまにも飛び込みそうだ。
 そう、お察しの通り、直はカナヅチなのだ。
 感動に浸っているヒマはない、急がなければ!
 ヘビの珠は、直のそばに近づいて、ただ必死に、声にならない声で叫んだ。
 直ちゃん!!
「ケロッ……」
 その声は聞こえないはずなのに、いままで池の周りをぴょんぴょん跳びはねていた直の動きがぴたりと止まった。
 届いた!!
「いまだ!」
 朱が叫んだ。そう、まさにいまがチャンス。
 アマガエルの直が、ぴょんと直の本体の頭の上に飛び乗ったところを見計らって、気合い一発、念を送った。
「喝――――――!!」
 え――――――――!?
 あたしのときと全然ちがうじゃん!?
 珠はヘビの体の中でそう叫んでいた。
 だが、効果はてきめん、念によって弾かれた直はゆっくりと体を起こして、
「あたし……」
 と、目をパチクリさせた。その表情はまさしく本当の直だ。
 戻った!
 ヘビの珠は嬉しくなって、直に飛びついた。
「珠!」
 直はヘビの珠を抱きしめた。
 よかった、本当によかった。だって、もう元に戻らないと思っていたから……!
「……終わりよければすべてよしだねえ」
 軽く肩で息をしながら、朱が満足そうな表情を浮かべた。
「……………………」
 いいたいことは山ほどあるが、朱のしでかした罪はこの際、水に流そう。
 彼女のセリフではないが、終わりよければすべてよし、である。
 だけど、それでも珠には疑問に思うことがある。
 さっきの右ストレートはいったい何だったんだ?
     ◇
 まあ、とにもかくにも一件落着。あとは、珠とヘビの魂を元の体に戻すだけ。
 ――のはずだったが。
「あれー、どこ行った?」
 朱が辺りを見回す。
 気がついたら、珠の体がどこかに消えていた。
「カエルと違って、ぴょんぴょんどっかに行く心配はないと思うけど……」
「ぎゃ――――――!?」
 突然の直の悲鳴。
 見れば、直が青い顔で震えている。
 朱がどうしたのかと、直の視線のさきを見てみると――。
「うげっ……」
 なんと、ヘビに乗り移られた珠の体が、ニョロニョロと木の枝に巻き付いている。
 関節があり得ない方向に曲がっていたりしてかなり異様な光景。
 さすがの朱も、これには吐き気をおぼえて、口を押さえてしまう。
 直が不安になって、
「ど、どうしましょう……?」
「……直ちゃん、友達でしょ」
 ずい……っ。
 朱が直の背中を押す。
「嫌ですよ、気持ち悪い!!!」
 激しく抵抗する直。
 ひ、ひどい……!
 あんまりな仕打ちに、ヘビの中の珠はひとり悲しみの涙を流していた。

 一方、元の体に戻ったアマガエルは、そんな人間サマの争いなどには目もくれず、自分の棲みかである池の中へと還っていくのであった。

END
 
 
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