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クリエイター名 |
ガンマ |
SHIRO
●SHIRO
ぢぎぎっ。
不穏な音を立てて現れる刃。カッターナイフ。 それは覚醒者の為に考案された対異形用兵器。地上界にはびこるバケモノ共を効率的に殺戮破壊する為に、人類がその存亡をかけて作り上げた必殺兵器。 カッターナイフを携えた男の、髑髏柄覆面の奥にある双眸――それが正面にて牙を剥く不気味な獣型異形を見澄ました。 その目にあるのは果てしなく敵意、殺意。正対する異形のそれより暴力的。 鈍色の薄い刃に破壊の為の黒い魔力が乗せられる。それは攻撃の為の影。異形を滅ぼす技能。 その技能の名は『スラッシャー』。切り裂く者。打ちのめす者。 あらゆるものを切り裂き、ひたすらに『倒す』為だけの力。 空を裂くように振るわれたそれは空を駆ける斬撃を生み出し、振り返った異形の両目を真一文字に切り裂いた。 鈍い悲鳴。ビグリと身を縮ませる異形。たたみかけるべく、容赦なく、カッターナイフの男――シロは踏み込み間合いを詰める。 振り上げた刃が、街灯に光った。 「人間の恐怖に震えながら滅びろ!」 吐いた言葉と、超速で振るわれた連撃と。 澱みなき剣閃はそこらの撃退士でも目で追う事は困難だろう――そしてそれを喰らった異形が悲鳴を上げる事はない。叫ぶ口すら切り裂かれ、細切れになって、灰となって雨雫に流された故。 跡形もない。呆気ない。 「お疲れ様です。お怪我は……無いようですね。何よりです」 直後に甘ったるい少女の声、ナビゲーターの和束が通信機よりシロに言った。 「何年俺が異形撃退士やってると思ってる……あれぐらいでてこずるレベルならとっくに死んでる」 応えた彼がカッターをしまう気配はない。 佇む夜の街はなんとも余所余所しい。どこか遠くで車のクラクションが聞こえた。 あいかわらず路地裏に人影は無い。 薄暗い。夜。雨。冷たい。 覆面の顔は無表情。緩やかに首を動かして、夜の彼方を見すました。
視線の先――うごめく胡乱な影。生々しい殺気。
壁を、或いは地を這いずって寄って来るそれらに和束が「うわぁ」としかめる様な声を出す。 「また下級異形ですね。数は三……前方一、後方二。挟撃ですね。これがバケモノ流の挨拶なんでしょうか?」 「丁度良い。クソ異形共のクソ以下な臭いにいい加減ゲロの一つや二つブチまけそうになってたところだ」 「シロさんって、異形が傍に居ると口汚くなりますよねホント」 「奴等に敬語を喋るなら自分で喉をかきむしって死んだ方がマシだ」 「わおバイオレンス」 相棒の軽口に男の物言いは一切変わらず。されど覆面の奥、灰色をした彼の目に燃えるは『異形滅すべし』といういっそ狂信的な使命感だった。 「俺は異形を皆殺しにして『人類の勝利』を得る為に居る。『人類の正義』の為に居る」 だらりと下げた右手に持つカッターナイフ。雨粒が滴る刃。 そう、男は『正義の味方』。人類を脅かす者を脅かす者。 赤い凶器を手に、盲信する正義を目にたたえたその様――夜に黒い服を靡かせるその姿は、さながら幽霊か死神か。 「貴様等の血肉で、平和はいっそう綺麗になるのさ」 その為に倒す。 その為に滅ぼす。 吶喊。先ずは前方の一体から。 サソリと人間を混ぜた様な見かけの異形が、迎え撃つがごとく長い尾を振り落とした。 響くは硬い音。尾の先にある針をシロが兵器で受け止め、そのまま刃をすべらせるように駆ける。 ぎぎぎぎぎ。刃擦れに近い音と火花と。 ぎり。先に離れたのは刃。勢いのまま振り下ろされたカッターが異形の頭部を深く深く切り裂いた。 上がる悲鳴と異形の冷たい血と――しかし直後、シロの背後から襲い掛かって来た二体の爪が、拳が、シロを切り裂き殴り飛ばす。 「ぐ」 覆面の奥からくぐもった声が響いた。 直撃はまぬがれたとは言え、並の人間ならミンチになっていただろう一撃だ。吹っ飛ばされてゴミ箱にぶつかり、盛大に中身がひっくり返る。酷い悪臭を放つ中身が道にばらまかれる。 「大丈夫ですかシロさん?」 「たいした事はない」 脇腹がちょっと切れただけだ――そんな超人の完全な主観台詞を、非戦闘員にして一般人である和束が理解するには少々難しいかもしれないが。 言葉を吐いた頃にはシロはすばやく起き上がり、襲い来る異形達の獰猛な攻撃を転がる様に回避する。 それを追って化物共は牙を剥いた。下級異形達は知能が高くない――巧みに連携して追い詰める事など思い至らず、ただ力任せに目の前の人間を八つ裂きにせんと襲い掛かって来る。 それが彼等の弱点で、突くべき箇所。 シロがカッターナイフを振り抜くと、杭状のエネルギーと化した斬撃が一直線に夜を飛んだ。 輝くそれは異形一体の足を捉え、地面に縫い付け、動きを封じ込める。 そして文字通り足止めされた異形は、暴力の儘に他の異形が吐き出した火炎からシロを護る肉の盾となった。 雨の中に赤々と、炎。肉の焼ける臭い、異形の悲鳴、倒れる音。 「dust to dust……『ゴミはゴミに』、だ」 唾を吐く様な低い声。髑髏が異形を睨む。覆面の下で唱える呪文。 兵器の切っ先を突き付ける。 「焼き潰す。『塵』が残らん程にな」 刹那の閃光。 白い色が黒い路地に満ちる。 カッターナイフの切っ先から迸ったのは一条の蒼白い雷。 兵器によって増幅された彼の能力は『焼き切る稲妻』となって、まるで貪欲な蛇の如く荒れ狂い異形達を切り裂き喰らう。焼き滅ぼす。 雷光と雷音――その光景を見、和束は思う。しかし覚醒者達は質量保存の法則だとかそういった科学的なモノをことごとく否定してくれる存在だ、と。 そこまで思ったところで、和束はカッターナイフの刃がしまわれる音を聞いた。もう近くにシロへ牙を剥く異形はいないらしい。 「終わりですか? 今度こそお疲れ様です。病院に向かわれるのでしたら連絡つけときますが」 「いらん。お前はかすり傷にオオゲサだ」 「心配性って言って欲しいですね、または過保護か溺愛」 「ドアホ……」 「アホ言った人がアホって小学校でチョケた男子から習いませんでした? 某時某分地球が何回か回った時に」 「……」 「もしもしヒーロー? やだなぁちょっとからかっただけですってば、怒らないで下さいな」 「違う」 「違う? 何がです」 モニターの前の和束は首を傾げた。シロが別のものに反応を示している事を知ったからだ。 次いで漏れた髑髏の忌々しげな溜息と、刃こそしまったが兵器自体をしまおうとしないその行動に対し質問を投げかける。 「あれ。終わったんじゃないんですか?」 「……臭うんだ」 「臭う? ああ、確かにこの街は臭そうですね。それにさっき、シロさんゴミ箱とキッスしてましたし」 「それじゃない」 「冗句ですよ、そんな殺気のこもった声で言わないで下さいな。……で?」 「異形共の臭いだ。まだ臭う。……あちこちに居る。潜んでやがる。うかがってやがる。襲ってくる気配は今のところないようだが」 もう一度溜息。雨の中、歩き出しながら。 「……この街はおかしい」 ハッキリと言った。上着の衣嚢に手を仕舞い、沈黙を促しとする和束に続けて曰く、 「比較的異形共の巣窟になりやすい廃墟や森なんかならまだ分かるが。こんなにも異形共の臭いがする『人間が住んでいる所』は初めてだ」 「え……それじゃ、ここは人間の町なのに異形がウヨウヨしてるって事ですか?」 「そういう事だろう」 「一体どうして」 「……ふむ。結論を出すには未だ、推理材料が少ない。圧倒的にな」 それに幾ら考えたところで現在において推理は推理であり、真実とは決められない。 故に、それらの真相を暴く為には歩かねばならないのだ。行動せねば始まらないのだ。 「一先ず、手近な異形共をかたっぱしから討伐する。異形臭くて失神しそうだ」 「ひゃあ、大丈夫なんですか? あんまり無茶しちゃ駄目ですよ」 「なに、バケモノ共へ俺流のあいさつだ」 声と足音は雨音に掻き消える。
今夜は、長い夜になりそうだ。
『了』
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