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クリエイター名  saint
サンプル

 夏の暑さも心なしかおさまりはじめ、秋の気配が少しずつ歩み寄ってきていた。
 トンボ達が飛び交い、風は心地よく、青い空はとても高く見える。
 雲ひとつ無い空の下、木蔭で夢の世界を彷徨うものがいた。
 このような昼間からぐうたらしているような者だ、ろくなものではあるまい。
 「ん・・・ふわぁ〜〜・・」
 女?長く美しい漆黒の髪と端整な顔立ち、そして細く整った体躯。一見すると女性かと見間違うが、どうやら男のようだ。綺麗な声ではあったがその声の低さは女性のものではない。
 「ボクとしたことが軽く一休みのつもりが、どうやら眠ってしまったようですね」
 男は独り言を言うとゆっくりと立ち上がった。長い衣がその体躯をさらに細く見せる。一つ伸びをしてから男は歩き始めた。
 「すぐそばに茶屋があったとは。面倒くさがらずに坂だけでも登りきっておくべきでしたね」
 男が自嘲した言葉の通り、先ほどまで男がいた木のそばの道は登りになっており、すぐそこで登りが終わっていた。そして、下ってすぐのところに茶屋が峠を越えてきた旅人達に一時の安らぎの場を提供していた。
 「いらっしゃいませ!」
 元気な茶屋の主人が出てくる。
 「団子とお茶をください」
 「少々お待ちください」
 男は丁寧な言葉で注文をした。主人がまもなく美味しそうな焼き団子とよく冷えた麦茶が出されてきた。
 「暑いお茶も良いですが、まだこちらの方がいいと思いまして」
 茶屋の主人の心遣いに微笑みで礼を伝え団子へと手を伸ばす。
 「美味しいですね」
 「ありがとうございます」
 満面の笑みを浮かべて主人が礼を言う。
 しばらくの間、男と主人は取り留めの無い会話を交わした。
 それによると、男の名は神楽坂胤。二十歳くらいかと見受けられるが、それは老成したようなその雰囲気のせいらしくまだ15。確かに姿だけを見れば納得ではある。
 旅の目的をたずねられると、一瞬戸惑ったような気配があったが、術者としての修行をしているという。そのいでたちからしてそうらしい事は分かるが、この痩身で一人修行の旅とは、と茶屋の主人も驚いていた。
 「それでは、そろそろ失礼します。お代はここにおいておきますね。とても美味しゅうございました」
 丁寧に主人に礼を言うと男は再び歩き出した。

 空が燃え上がるような赤に染まる。
 日が地平線と口付けを交わし闇の訪れを示唆していた。
 「そろそろ寝床を・・・といってもこんな森の中に宿はありませんね」
 苦笑をもらしつつ野宿ができそうな場所を探す。
 程なくして開けた場所を見つかる。しかし先客がいるのか、なにやら声が聞こえる。赤子の泣き声とも聞き取れる声だった。
 「猫?」
 そう、猫だった。胤が来た方とは対面になる場所に猫がちょこんと可愛らしく腰を下ろし、こちらに向かって鳴いていた。
 「こんな所に猫とは。危ないですよ?」
 猫に話し掛ける自分に苦笑しながら歩み寄り抱き上げる。まだ成猫には少し早い、しかし子猫というには大きかった。抱き上げるとその色の異なる双眸で胤の瞳を覗き込む。
 「品定めでしょうか?ボクはあなたの目にかないましたか?」
 元来動物好きで、特に猫を愛する胤である。猫に話し掛ける自分を滑稽だと思いつつも猫の愛くるしさには勝てなかった。
 胤も猫の瞳を覗き込む。色の違う両目には強い思考の色が浮かび、この猫が賢く、自分を観察していることを如実に表していた。
 しばらくの間猫は目をはなさなかったが、一声鳴くとするりと胤の腕の中から抜け出し、開けた場所の真ん中まで歩き、腰を落ち着けた。
 「どうやら気に入っていただけたみたいですね」
 少し嬉しげに言葉を漏らし、猫の横になったそばに野営の準備を始めた。

 パチパチパチ・・・・。
 木が燃えるときのはじけるような音だけが響く。闇の中に揺らめく炎は大小二つの影をうつしだしていた。
 小さな影は規則正しく膨らんだり縮んだりを繰り返し、大きな影は火の勢いを気にするように時折動いた。
 そして、その炎に近づいてくる複数の影があった。音も立てずに不気味に近づいてくる。
 「ひとつ、ふたつ、みっつ・・・」
 大きな影から数を数える小さな声が聞こえてくる。
 「・・いつつ、むっつ・・・七匹ですか・・」
 その数は近づいてくるの影の数と同数だった。
 「お邪魔はさせませんからごゆっくり」
 猫のほうを振り返り微笑みかける。
 「一匹は少し厄介そうですね」
 胤は一人愚痴るとゆっくりと立ち上がり影の来る方向へと向き直る。
 一つの大きな影と六つの小さな影。小さいといっても猫とは比べようも無かったが。その七つの影がだんだんと近づいてくる。
 「さて、相手方のほうが多勢ですから先手を打っても卑怯ではありませんよね?」
 言うが早いかその掌に霊力を集め始める。
 「行きますよ・・・冷気陣!」
 胤の手の向いた方向に放射状に強い冷気が放出される。周りの状況を考えた上での選択だった。物理系の術では木々に阻まれて威力が下がる。それに効果域にむらが少ない。
 しかし相手の反応も早かった。2匹を残して残りの5つの影は冷気が届く前に四散した。残った2匹は凍傷でその場に崩れる。
 「2匹。思ったよりやりますね」
 不謹慎な笑みを浮かべながら再度霊力を集め始める。こんどは掌ではなかった。
 その間に5つの影は胤を取り囲むように近づいてくる。
 「これより近づけると猫さんが危険・・かな?」
 また猫のほうを振り返りつつボソリとつぶやく。その顔は幾分嬉しそうだ。護るべきもののある戦闘であるためだろう。
 再び敵の来る方向に向き直ると、その顔から笑顔を消す。
 「これは少し辛いのですが・・・」
 先ほどよりも誘に気合を入れる。胤の周囲半径2間強の所から先1間余りの地面に水分がにじんでくる。
 「その素早さは厄介ですね・・・封じさせてもらいます。粘水手枷・陣!」
 ちょうど効果範囲に敵が入った瞬間、地面ににじみでた水が上空へと舞い上がり敵を捕らえた。その水分は粘性を持って敵の動きを妨げる。
 「グルル・・・・」
 大きな影からうなり声が漏れる。思ったよりも効果があったようだ。小さな影はほとんど動けないようでその場でじたばたしている。
 「やはり一匹だけが問題ですね」
 そう言いつつ小さい影の一つに近づく。
 「飛燕水!」
 一瞬の間に胤の掌にできた水球が高速で小さい影にあたる。小さい影は完全に動かなくなった。大きな影がもがいている間に残りの小さな影も飛燕水で片付けていく。
 「グルルル・・・グガァァアッ!」
 大きな影が叫んだと同時に粘水手枷をふりほどき、胤に突進してきた。胤は最後の小さな影を片付けている最中だった。
 「・・っ!」
 胤に大きな影の爪が届こうかという刹那、突風が吹いて大きな影・・・狐の妖怪、妖狐の攻撃を受け流した。しかし霊力の注ぎ込みが足りなかったために手に傷を負わされる。
 「痛っ・・少し見くびりすぎていたようですね・・・」
 妖狐に向き直りその姿を確認する。違和感・・・何か足りない?しかし、余裕の無いのも事実、そんなことにいつまでも気を取られている訳にもいかず、傷つけられた右手を押さえながら次の攻撃に身構える。
 しかし妖狐は胤から離れた場所にたたずんでいる。
 「何のつもりでしょう?」
 そう思った瞬間、今まで倒した小さい影の動かないはずの体が動き始め、妖狐の背後へと集まり始める。
 「・・・なるほど」
 胤の目の前でその小さな影は妖狐の尾へと変化した。妖狐は六つの尾を持つ妖狐だった。胤の感じた違和感はそれだった。大きな影には尾が無かったのだ。尾が戻ったことで妖狐の霊圧が今まで以上に高くなったのがひしひしと感じられる。
 「相手にとって不足なし・・ですね」
 相手の霊圧を鋭敏な感覚で捕らえながらボソリとつぶやく。
 実際の状況は相手にとって不足無しというどころの問題ではなかった。霊力の消耗もそうだが、もともと体力の無い胤のこと、体は疲労しはじめている。胤の方がやや劣勢、それが正しい判断だろう。それを裏付けるように胤の動きにはさっきまでのような切れが無い。
 妖狐もそれに気付いたのだろう、狐独特の厭らしい笑みを浮かべると胤に向かって突進して来た。
 「芸がないですね」
 そう言ってその場から飛び退る・・・そのはずだった。しかし胤の足は地面を蹴りそこねて滑ってしまった。疲労のためもあるが、水術の使用によってぬかるんだ足場が最悪の事態を招いたのだ。
 「クッ!」
 避けられない。とっさに烈風壁のための霊力を注ぐ。しかしあまりにも時間が無い。先ほどの烈風壁よりもさらに弱い。
 妖狐の爪が迫る。このままではいくら烈風壁があるとしても致命傷は避けられない。致命傷を受ければ勝機は2度と訪れないだろう。
 「こんな所で終わりか・・・ボクも父上と・・・」
 胤は心の中で天を仰いだ。爪が胤にとどく、その瞬間だった。横から小さな影が胤と妖狐の間に素早く入り込んだ。
 「ふぎゃぁっ!」
 爪はその影に当たり、妖狐が影に驚いたために爪が少しそれた。弱い烈風壁でさらに爪がそれて胤は身をよじってすんででかわす。
 妖狐は爪に当たった影を胤の足元に振り落として自分は突進の速度のまま慣性に従い数間先で止まろうとする。
 「今のは?」
 胤は影の正体を確かめようと妖狐の振り落としていったものを見た。
 「っ!?・・・あなたは・・・」
 胤の足元に落ちた影はあの猫だった。
 「・・・なんでこんなことを・・・」
 猫に手を伸ばす。すると猫は胤の手の傷を気遣うようにその傷をなめた。
 「なにを・・・あなたの方が・・・」
 胤は水の癒しを使った。しかしもともと癒の術が苦手である上に猫の傷はあまりにも深すぎた。
 「くそっ!ボクが未熟なばかりに・・・」
 猫を抱き上げて、傷が痛まない程度に抱きしめる。猫は胤の気持ちを知ってか知らずか、自分のけがも気にせずに胤の顔を力無くなめていた。
 「ばか・・・ボクは大丈夫ですよ・・」
 猫はまだ胤の顔をなめていた。が、その言葉を聞くと満足げに一声鳴いて動かなくなってしまった。
 「・・・・・・・・・・」
 服が血で濡れるのもかまわず猫を抱きしめる。もはやそこに残った温もりも急速にひきはじめていた。
 そのときだった。妖狐の爪が胤を襲った。妖狐に感傷に浸る胤を見守る理由など当然無かった。しかし・・・。
 「グルルル・・?」
 妖狐の爪が止まる。その爪は固まった水に動きを封じられていた。
 「・・・・・」
 音も無く胤が立ち上がり妖狐を振り返る。その目は氷よりも冷たい。水の壁越しに見えた胤の顔は妖狐にはどう見えたのだろう?血に濡れた装束がさらに鮮烈な印象を強める。
 「グルル・・・ウガァァァッ!」
 爪が壁から抜けないため動けない妖狐が半狂乱で暴れる。胤が壁越しに近づき妖狐に焦点をあわせる。
 「あなたは許しませんよ・・・」
 低く押さえた声だった。しかしその中に閉じ込められた煮えたぎった怒りが妖狐にさらなる恐怖をもたらした。
 「ガァァァァッ!」
 全力で暴れる妖狐の爪が壁からはずれる。はずれるや否や一目散に逃げ出した。
 「逃げ切れるとでも思っているのですか?」
 胤が手を掲げるとともに妖狐の目の前に大きな水球が現れる。
 圧水壁を出したときからこのために霊力を注いでいた。それにしてもこの術の切れは普段の胤ではありえない早さだった。怒るほどに霊力が増し、冷静になっていくのが分かる。
 現れた水球は妖狐を包み込む。胤がさらに術を練る。
 「しばらくじっとしていなさい」
 妖狐を包み込んだ水球に新たに特性が付与される。
 「水球堅固牢・・・」
 水球が固まる。しかし妖狐の体表から数センチは強い緩衝力をもった粘性の水分である。ここまで完璧に制御された水球堅固牢からの脱出はこの妖狐程度には到底無理だった。声さえもれてこない。
 「そろそろ逝きますか?」
 奥義を出して疲れた様子も無くさらに術を練る。
 狐を包んでいた水球が少ししぼみ、浮いていた水球の下に台座のように垂れて溜まる。
 「・・・・・?」
 妖狐が逃げようと暴れる・・・嫌、その姿は確かに妖狐ではあった、が、その尾は一本。他の尾はというと尾の根元から離れて低級妖怪の屍骸へと変わっていた。
 改めて考えれば当然の話だ。駆け出し術師の胤ごときに六尾の狐の相手が勤まるはずが無かった。この程度の霊力しか持たない妖怪を六尾の妖狐と勘違いした自分が恥じられた。
 「なめた真似を・・・」
 溜まったところにさらに霊力を注ぐ。水溜りが少しずつ膨らんでいく。やがてそれは水球を包み込み花の蕾のようになった。
 「あなたにはもったいないですね・・・」
 そう言いつつも霊力を注ぐのに手加減は無い。蕾はふくらみ、これが花ならすぐにでも花開く勢いだ。
 「逝きなさい・・・水連大瀑布」
 蕾が収縮する。妖狐はその圧力に負けまいと抵抗するがまるで無意味。
 蕾が収縮を止める。
 パンッ!はじける音がして蕾が割れる。いや、そう見えたが実際には内圧の異常な高まりに耐え切れずの破裂。もちろん中の妖狐は完全に絶命していた。
 「・・・・安らかに眠れ」
 胤の言葉と同時に割れた蕾の雫が睡蓮の花を象る。中心部が赤く染まったその睡蓮は怪しい美しさをたたえていた。
 「・・・ボクも・・まだまだですね・・・」
 胤はその花が咲いたのを見届けると霊力と体力の限界でその場へと崩れ落ちた。
 美しく透き通った睡蓮だけがそこに咲いていた。

 一本の大樹。野営場所のすぐ傍に霊力を宿し始めるほど歳経た大樹がたたずんでいた。
 「ここならあなたも寂しくないでしょう・・・」
 大樹の根元にこんもりと土が盛られている。あの猫の墓だった。
 「ありがとう・・・あなたのおかげで・・・」
 そこまで言うと胤は目と口を閉じた。何かを思い出しているのだろう。しかしその表情はその思い出が楽しいものでないことをありありとうかがわせた。
 「あなたの事は忘れませんよ・・・」
 胤は懐から猫型の紙を取り出し宙へほうる。
 「召・・・」
 紙はまさにあの猫を模した式神へと変化する。
 「ふっ・・・あなたを思い浮かべるだけでここまで上手くいくものなのですね。召はあまり得意ではないのですが」
 悲しい笑みを浮かべて嘆く。式神には使役術は付与していなかったので動くことは無かった。
 「あなたはずっとボクの心の中に・・・」
 目を瞑り猫の冥福を祈る。
 トンッ。
 小動物が地面を蹴る音。
 「え?」
 式神が勝手に動き胤の肩に乗る。そしてその頬をなめた。
 「まさか、そんな・・・」
 そんなわけは無い。そう思ったときには式神はただの紙に戻っていた。
 少し不細工な紙の猫が宙を歩いた。
 「・・・安らかにお眠り」
 優しい微笑みを一つ残して胤は歩き出した。
 
 
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