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クリエイター名 |
嶋本圭太郎 |
冷たい石
そこには誰もいなかった。ただ、あたしを除いては。
周囲に人影なんかない。冬の空っ風がびゅうびゅう吹いていた。空ははっきり曇天で、地面との境目が分からなくなるくらい真っ白だった。 目の前には、つやつやとして、やたらと光をはじく御影石。手で触れば触った分だけ、冷たい熱をあたしの掌に返してきた。 「こんなの、ただの石だ」 あたしは言った。わざとはっきり、大きな声を出して言ってやった。 でも、何の返事も返ってこなかった。同調も否定も、怒りも誹りも。 「ただの石だ」 もう一度。
ここには誰もいない。あたし以外誰もいない。あたしの背中を遠慮なしにばんばん叩く無骨な大きな掌も、その節くれ立った指先も。がらがらと笑う笑い声もありやしない。 ましてあたしを包んでくれた大海のような抱擁も、無責任で愛のこもった激励も、こんなところにありやしない。 見るだけでつられてしまいそうな笑顔も、ちょっと疲れの跡が残るまなじりも。ほつれた髪の後れ毛も。あたしの大好きだったものは何一つ、こんなところにはありやしない。 ここにあの人がいるなんて、そんなの嘘っぱちだ。 「どこ行っちゃったんだよォ‥‥」 自分の声が余りにも弱々しいことにびっくりして、あたしはその場にくずおれた。立ち上がろうとしても、足に力が入らない。 身体が全く言うことを聞いてくれない。悔しくて、そう、悔しくて、あたしは涙をこぼした。 悔しくてたまらなかった。こんな冷たい石があの人の代わりだなんて言われたことも、そのことを心のどこかで受け入れなくちゃならないと思ってる自分のことも。 涙はいくらでもあふれ出て、あたしは底なしの井戸みたいだった。途中で鼻水も混じりだしたみたいだけどよく分からない。とにかくあたしはその場にへたりこんで、ずるずるべしょべしょとひとしきり泣いていた。 ふがいないにもほどがある。今の様子を端から見たら、きっとか弱い女の子が悲しみに泣き暮れてるみたいに見えてしまう。本当は、あたしの心は怒りの炎が吹き荒れて、いまや全身を焦がす勢いなのに。
この怒りを誰かにぶつけなきゃいけない。あの人はここにはいないんだ。じゃあ、誰に? そうだ、あいつだ。あの人じゃなきゃ、もうあいつしかいない。 だいたい、あいつはここに来たのだろうか? あの人が冷たい石に置き換わってしまったことを、知っているのだろうか? 知らずにふらふらしてるんだとしたら、それこそホントに許せない。 いけ好かないあいつの事を考え出したら、いつしか涙は引っ込んだ。怒りの炎が燃えたぎって、あたしは浮き上がるようにして立ち上がった。 「あいつに、教えてやんなきゃ」 あたしが、これ以上ないくらい、怒っているってこと。
あたしは意気軒昂に歩きだすことにして、もう一度だけつやつやした御影石に手を触れた。 「ほら、やっぱりただの石だ」 あたしはひどく満足したような気持ちになって、その場を後にした。
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