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クリエイター名  紅玉
一人称ホラー系

 私は、気が付いたら狭い暗闇の中で横になっていた。
「もう、君の声が聞けないんだね」
 幼さが残る女性の声が遠くから聞こえた。
 1歩、1歩、ゆっくりと足音が近付いてくる。
 動け、と念じながら体を動かそうとするが、体の感覚は一切無い。
「これ、持っていって……」
 耳元で何かがさがさと音がした。
 彼女が誰かは忘れたが、本能で唇を動かそうと何度も、何度も、頭の中で叫んだ。
「ねぇ、私の名前を呼んで?」
 震える声で女性は耳元で呟いた。
 『呼んであげたい』いや、『呼ばなければならい!』と思い再び唇を動かそうとする。
 しかし、名前が思い出せない。
「離れたくない!」
 女性は声を上げた。
(私も離れたくない)
 と、口に出来ない悔しさ、悲しさが心の奥底から涌き出る。
「お別れの時間です」
 と、幼い少女の声がした。
「や、やだ……まだ、まだ……っ!」
 震えてる声で必死に女性は言った。
「申し訳ありませんが、この方はー……」
 と、幼い少女の言葉を遮るように女性の悲鳴と、破壊される音、複数の足音が聞こえた。
「急ぎなさい!」
 幼い少女の一言で「カーン!カーン!」と音が私の周囲で鳴り響いた。
「皆の罪を背負い、名を捨て……」
 炎が舞い上がり物を焼く音が大きくなる。
 男の怒声、くぐもった声がした後にびちゃっ!と液体の音がした。
「わしの事はいいから!早く!」
 幼い少女の声が上がった。
「しかし!これでは誰も呼べない!」
 男のしゃがれた声が怒りを込めた声色で言った。
「……わしが、わしが必ず!」
 幼い少女の声は言葉に力を込めた。
「その魂、最期まで見届けよう」
 しゃがれた声の男は諦めたかのように呟いた。
「感謝致します。……弟よ」
 幼い少女はそう言うと立ち上がり、耳元で小さな足音が徐々に遠ざかっていくのが聞こえた。
「すまん、私が名前を呼べずに……来世ではまた呼ばせてくれよな」
 しゃがれた声の男は優しい声色で呟いた。

 ギギ……ッ

 ギーッ

 ごぽっと音がした。
 ゆっくりと水が入ってくる音が私の耳に響く。
 私は、名前を呼べなかった。
 私は、名前を忘れてしまった。
 私のせいで何かが起きた。
 私のせならば、私のせならば……このまま沈んでいたい。
 幼い少女には悪いが……悪い?何が悪いの?
 悪いのは、私から名前を奪った奴らだ。
 そう思った瞬間ー……
 体が軽くなり、いつの間にか地面の上に立っていた……否、浮いていた。
 周りを見ると子供が数人いた。
 私は口元をつり上げて微笑み、そして首筋に噛みついた。
 甲高い悲鳴が周囲に響いた。
 悪くない、と感じた私は口元に人差し指を添えて微笑んだ。
 逃げる子供たちを見つめた。
 追いかけて一人捕まえて、怯える少女に向かって言った。
「私の、名前を呼んで……」
 子供は、口を魚の様にパクパクさせながら首を横に振った。
「分からないから要らない」
 また子供の首に牙を立てた。
「思い出した……あぁ、痛い……」
 新鮮な血の味を感じる度に、白いフィルムに絵が浮かんでくる。
 目を奪われた記憶、痛み、悲しみ、憎しみ……全てを思い出すが、肝心の部分が思い出せない。
「呼んで……」
 私は体を震わせた。
「私の名前を……」
 名前を呼んでもらわないと、この体の痛みと憎しみで狂う気持ちは止められない、と本能で理解した。
「探さなきゃ……呼んでくれる人を……」
 無い眼で辺りを見回しながら、血に濡れた体のまま村へと向かった。

【完】
 
 
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