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クリエイター名 |
いずみたかし |
サンプル
霧の向こうには小宇宙があった。火星が海を持ったような真っ赤な宇宙が熱い液体分子を流動させ、その成長と破裂の一連の過程を脈々と繰り返し続けている。音を立てて泡立つ血のように紅い海の中には、今にも落盤で崩れそうなぼさぼさのピンクの肉片と、炭坑で食べるランチのように少しくすんだ白菜が、鍋の表面いっぱいに、所狭しと浮かべられている。 探索隊であるシャラドとキタの二人の女性は、言葉もろくに通じない辺境の地で、テーブルに出された到底食べ物とは思えない「何か」を、興味深げに眺めていた。裸電球のオレンジの淡い光だけがほんのりとあたりを照らし続けている。 「キタ、これ、食べ物だよなぁ?」 「ええ、辺境の地ですから、食べ物はそんなに豊富ではないのだと思いますよ」 シャラドは腰に付けていた四角い携帯端末を取り出すと、念のためにもう一度だけ伝搬状態を確認した。 「だめだぁ。ナローバンド通信網ですら届かない、って、何食べてるんだよ!」 キタはすでに、今にも火を噴きそうな真っ赤なスープの中からクツクツの肉をとりだし て、にこにこ笑いながら口いっぱいにほおばっていた。 「た、食べれるのか?」 キタは結構気に入ったらしく、咀嚼をしながら右手でブイサインをする。 「お前、お嬢様のくせして、よくこんなものが食えるなぁ?」 「ん、ええ、意外においしいですよ。クツクツが食べ物だとは思いませんでしたけれど」 シャラドはフォークを手に取ると、鍋の中に突き刺してクツクツの肉を一切れとりだした。 「あの、スープもとってもおいしいですわよ」 キタは満足げに頬に右手をあてる。 シャラドのお腹がさっきからしきりに食料を要求していたので、仕方なく肉片を口にすることにした。肉が自分の舌に触れると、ぬめりのあるサンドペーパーのような感触が伝わってくる。飲み込んだ瞬間、熱い不純な動物性脂肪が糸を引きながらのどの奥へと流れて いくようなぬるい感触を覚える。今度はスープを一口すすると、辛いカレー味の原油がシェイク状になって、舌の奥へと流れ落ちていく感じがする。 「うげ、み、水」 「この星ではほとんど雨が降らないんです。だから水はすごぉく高いんですよ」 「キタはよく平気でいられるなぁ」 私は上品な育ちですから、と満面の笑みを浮かべると、キタは次の肉片を消化していった。 シャラドは目の前にある緋色の宇宙の大気層から霧が立ち登って行く暗い空を見上げた。一面に広がる濃紺色の天球には、息を飲むような星座百景が浮かび上がっていた。シャラドの住む都会では到底見られないような星空だった。大自然に囲まれての夕食は、ある意味贅沢な食事のような気もする。救援の宇宙船と連絡が取れればの話だが。
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