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クリエイター名 |
いずみたかし |
サンプル
綾美はショッピングモールの吹き抜けの八階にある手すりにひじをついて、どこへともなく流れて行くジングルベルを聞きながら、各フロアを行き交う人々の姿をぼんやりと追っていた。 待ち合わせをしたショッピングモールはまるでガラスのお城のようだった。吹き抜けの中央には、光ファイバーの細工で組み上げられた大きな大きなクリスマスツリーが立っていた。目の前にあるツリーのてっぺんには黄色いレーザー光が空中に像を結び、ちょうど星が空中に浮いて、くるくる回って見える。 八階から吹き抜けを見下ろすと、たくさんのカップルが、寄り添うようにしてロマンチックなウインドウショッピングを楽しんでいる。時折、ツリーの方を指さして感嘆の声を上げている。幸せそうな顔のカップルが視線の先を通りすぎていくたびに、綾美の胸はちくりと痛む。 「よ、お待たせ」 後ろから聞き覚えのある少し太い声がかかる。綾美は振り返らずに、うん、とだけ返事をした。 「どうしたんだよ?」 マシューは優しい声を掛けて、肩に手を置きながら綾美の隣に並んだ。こざっぱりとした首筋まであるストレートの髪の先が綾美の頬に触れる。 ここにいて、何も不自由はないはずなのに、涙が頬を伝っては落ちていく。マシューは綾美を抱きしめて、涙を親指でそっと拭いた。 「あたし、もう帰れないんだよね」 マシューは返事をするかわりに綾美をぎゅっと抱きしめた。 「アヤミに、そばに、居て欲しい」 「マシューが居てくれるから」 お父さん、お母さん、心配かけてごめんなさい。 でも、あたしはここできっと元気にやっていける。 吹き抜けのツリーが光のシャワーを一斉に放つ。周囲が金色の光に包まれる中、二人は抱きあって、静かにくちびるを寄せた。 好きだよ、マシュー。 マシューがくちびるを離して極上の笑みをみせたので、ちょっと視線をそらしてしまう。 「二三一〇年へようこそ」 ツリーが放つ光の芸術は、銀色から緑、赤へとだんだんに色を変えて、ショッピングモールの中を甘い空気で包んでいった。
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