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クリエイター名  あきのそら
私と彼女の精一杯

「ふふっ、どうしたんですか?入っていいんですよ?」
 恥の多い人生を送ってまいりました。
 これといって成績が良いわけでもなく、高校を出たら親戚の会社でちょこっとアルバイト。
 以降、毎日毎日だらだらと事務でもなく何でもない仕事をちょろちょろとして生計を立ててまいりました。
「んもう、ほーらっ」
「あっ、ちょっ、柔すぎるッ」
「ふふっ、なんですか柔すぎるって」
「あ、いや、ちが、おててのぷにりてぃがちょっと……へっ、へへ……」
 そうして、おじさんおばさんに囲まれて暮らす生活が続いた私は、SNSにどっぷりだった。
 そこで、彼女と知り合ったのはもう二年も前のことになる。
「塩ココアさんの手だってぷにぷにであったかいですよぉ」
 塩ココアとは私のこと。あっ、いや、名前じゃなくてハンドルネームね。
 そして彼女はまみちゃんこと真海ちゃん。ハンドルネームが本名と一緒なことから分かるように、なんというかリア充さんだ。
「えへへ、ぷにぷに」
 故にスキンシップが激しすぎるッ!もはや私のコミュニケーション力は限界ギリギリです!
 あ、いや、それでですね。今何をしているかというと。
 真海ちゃんと絡み始めたのが高校受験のタイミングだったらしくて『合格出来たのは塩ココアさんのおかげですっ!お礼がしたいですっ!よかったらオフしませんかっ><』とのことで。
 まぁ、何度も通話やメールのやり取りはしていたし、住んでいる場所も近くて何度もニアミスをしていたらしいし、お互いほぼ身バレ同然だったので今更かということで『お茶くらいなら』とOKしたら。
『今日はお母さんたち居ないから、ウチ来ませんか?』
 ということになり、なんと彼女の家でオフ。
 ちなみに真海ちゃん制服姿。大丈夫?私捕まらない?
「塩ココアさんも、ぷにぷにしていいんですよっ?」
「あっ、いやっ、かたじけのうござる」
「ふふふ、なんですかそれー」
 これが私の精一杯なんですごめんなさい。
 終始真海ちゃんは楽しそうなのだが、私としては気が気ではない。
 だってここ女子高生の部屋で、私真海ちゃんの一回り年上ですよ?今年で28ですよ?大丈夫?お母さん私の年下だったりしない?
 いやそもそも知らない女が娘の部屋に居るという状況を一体どこのどんな親御さんなら平常心で受け止められるのだろうか、絶対に変な目で見られる。というか変な目で私が見てしまう。
 しかも、なんというかもっとクラスでも端っこに居るような子が来るのかと思っていたら完全に中心人物系の子で緊張せざるを得ない。
「ん?何か、わたしの顔についてます?」
「あっ、いやっ」
 うぅぅ!視線が眩しい!
 明るめに染められた茶髪に若干ふんわりした感じの髪は整髪料か何かでまとめられてて前髪なんか黄色いかわいらしいピンとかで留めちゃったりして!
 そんな目で見られたら「この子の一回り年上のくせになんてしょうもない人生を送ってきたんだろう」とか「どんなツラしてこの子と接したらいいんだろう」とか「年上のくせにどぎまぎしすぎなんじゃないだろうか」とか……そんなどうしようもない自虐心が止まらない。
 止まらないとか言いながらも真海ちゃんに手を引かれるままベッドの上に二人並んで腰かけて、おててぷにぷに合戦を強いられているんだけども。
「あ、あー、あれですね、寄せ書きみたいなのもいっぱいだね、やっぱり生徒会関係でっか」
「ううん、誕生日にクラスのみんなから貰ったんですよ」
 誕生日に寄せ書き!?やっぱりリア充だ…。
「に、人気者なんだね」
「んー、まぁ、そうですね」
 そうなんだ…。
「……あの」
 と、真海ちゃんが今までと打って変わって暗い声色で切り出す。
「見て貰いたいものがあるんです」
「な、なんでございましょうか」
「これ、なんですけど」
 取り出してきたのは分厚いカバーのアルバムだった。なんだろう、想い出の写真とかだろうか。
「これ、初めて塩ココアさんがコメントしてくれた時のキャプで」
「えっ、キャプ?」
「こっちが、初めてメールした時のキャプで」
「あの、ちょ」
「これが初めて通話してくれた時の挨拶のキャプ、こっちが誕生日おめでとうって言ってくれた時のキャプ、こっちは合格おめでとうの時のキャプでこっちが相談に乗ってくれた時のキャプで」
「ちょ、ちょちょ」
「こっちが、塩ココアさんの書き込みの考察です」
「考察!?」
 うわあ、ほんとにパソコンとかスマフォの画面のキャプチャー画像だ。赤ペンとかペイントで『仕事してる?』とか『一人暮らし?』とか書いてある。
「塩ココアさん、悩んでることがある……ううん、ずっと悩んで、コンプレックスを抱えっぱなしで居る。でも誰とも接していないわけじゃなくて、本当に心のうちを共有出来る人が居ない、新しく作りたくても作れない生活環境に居る、でも根っこのところがおせっかいだから自分のことよりもわたしみたいな……ちょっと困ったなーって思ってる子が居ると、すぐ相談に乗っちゃう。そうですよね」
 真剣な瞳が、私を捕まえて離さない。
「塩ココアさんみたいな人、初めてで、すっごく嬉しいのに何にも恩返しなんかさせてくれなくって、でもわたし、本当にほんとうに助かって、だから塩ココアさんのこと知りたくって、わたしのこと、知ってほしくって」
 言いながら、ハサミを取り出す真海ちゃん。
「いろんな人がわたしの側に居てくれるけど、誰も隣には来てくれないんです。それは、歩み寄ろうとしないわたしのせいだってわかってるんですけど、でも、塩ココアさんを知ってからは、もう、隣に居て欲しいのは誰かじゃなくって、塩ココアさんが良いって思って、だから」
 ――ぱさり。
「わたしの隣に、居てくれませんか」
 そう言いながら、私を見つめる涙ぐんだ視線は、ぱらぱらと散らばる彼女の茶髪に彩られて。
 不格好な髪と、突然の告白と、震えた彼女の指先が、真海ちゃんの精一杯を教えてくれるから。
 混乱したまま、彼女の隣に立って……。
「あ、えと、よ、喜んで」
 我ながら、かっこ悪い返事をした。
「真海―っ?誰かいらっしゃってる……の……?」
「えっ」
「あっ」
「「「……きゃーーーっ!!!」」」

 突然の告白に、突然の親フラでもうめちゃくちゃなオフ会になってしまった。
 恥の多い人生に、また恥の上塗りをする結果になったけど、正直。
 真海には感謝してもしきれない。
 人生初めての告白が、ストーカーぎりぎりのアルバムを見せて髪を切るなんていうどう考えても両親からすれば理解出来ない告白で、しかも直後を発見されるなんて恥ずかしい想い出……なかなか共有できるものじゃない。
 そんな貴重な相手が居るというのは、実際はなんでもない事だけれど、私にとっては妙に嬉しいことだったのだ。
 だから、三年経った今日。
 忘れっぽい真海に代わって、今度は私が髪を切ってみせるのだ。
 今日から同じ部屋で暮らす、最愛の彼女へ。
 精一杯の気持ちを込めて。
 
 
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