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クリエイター名  なつこ★
赤い瞳と青い空に広がる


 鉄格子の窓の外の空を見るたび、私の心は締め付けられる。
 それは、私の肩ぐらいの高さの変な形の窓の外には、私の知らない世界が無限に広がっているから。

 赤い眼を憎まれ、世界から拒まれた私は、この薄暗い木造作りの部屋でもうかれこれ10年も暮らしている。

 嫌な顔一つせず、いつも私に食事を運んでくれたどこかのおばあさんも、この間、この世を去ったらしい。
 彼女の赤い着物が嫌いだった。
 私はよく無理を言ったものだ。
 ――――その色、大嫌い。その着物着て私の前に現れないで!
 その言葉に、彼女はいつも笑って「はい。ごめんね。」とだけ言った。

 今は、厄介事をムリヤリ押し付けられたおばあさんの娘が、部屋の扉の前に乱暴に食事を置いていく。
 私は、しばらくそれを口にしていない。
 変な形をした鉄格子の窓の外へ、いつも静かに投げ捨てている。
 私が見たくて仕方ない窓の外の世界をそれが見ているのだと思うと、滑稽な気もするが、食べたくないのだから仕方ない。

 それに気付いた彼女はここ6日間、一食も運んではこない。

 ――――私、そろそろ死ぬんだな。
 冷静に、そう考える事が出来た。
 思えば、今まで生きていたのが不思議なくらいだ。
 あのおばあさんの好意は奇跡だったのだ。その奇跡は、彼女の死で幕を閉じた。

 夜が来ても、明かり一つない、この部屋。
 はじめは恐怖を感じたが、そんな物、すぐに消えた。
 一番恐ろしいのは、鏡に映る私の瞳だ。
 暗闇の中で赤く光る私の瞳。
 それが一番、恐ろしかった。
 暖かく抱きしめてくれた母さんと、頭を優しく撫でてくれた父さん。
 彼らは、この瞳が恐ろしくなかったのだろうか。
 夜が怖いと言って、母さんと父さんの間に割り込んで眠った夜。
 二人には、この瞳が見えなかったのだろうか。
 そんなはずはない。
 でも彼らは、私を最期まで庇ってくれた。
 そして、生きている私。
 赤い瞳の何がいけなかったのだろう。

 みんなは黒くて、私は赤い。
 ただそれだけなのに。


 ―――――!!
 バサッと、窓から何かが部屋に入ってきた。
 この部屋でただ一つ幸いなことは窓が南に向いていることだ。
 わずかに差し込んでいる月明かりで、私はそれが何かを認識することが出来た。
「……すずめ?」
 チュンチュン鳴いているその物体は、生きているすずめだった。
 なぜこんな時間に、こんなところへ入ってきたのか。
 疑問は多々あるが、私はそんな事気にも留めず、すずめを掴み外へ出そうとした。
 入ってきたのだから、出られるはずだ。

 だが、そううまくは行かない。
 今思えば、手を通すのもやっとのこの鉄格子から、入ってきたこと自体奇跡に近い。

「……っ!!」
 込められるだけの力を込めて、私はすずめを押す。
その時―――。

 ガシャン……。

 錆びた鉄の砕かれる音がした。
 たちまち、ところどころ茶色い鉄格子は窓の外へ落ちていき、すずめは私の手を離れた。

 チュンチュン……。

 鳴き声はみるみるうちに遠ざかっていった。

 私は鉄格子のとれた窓から、顔をそっと出してみた。
 右手に井戸がある。左手には野菜畑。

 空気が、おいしかった。
 かすかに、草の匂いがした。

 10年も放っておいてあったのだから、錆びていても、不思議はないと今更思う。
 だが鉄格子に手を添える気すらおきないほど、私はすべてをあきらめていた。

 ―――――この窓から、外へ出られる。
 そう確信した。
 そして私は、頭から派手に地面へ墜落した。
 もちろん「外の世界」の地面だ。


「いたたたた……。」
 私は頭を抑えながら、瞳を開いた。

 ――――!!
 そこには、真っ青な空が広がっていた。
「……え?」
 足元、いや、その更に下に村が広がる。
 井戸に、野菜畑。
 私がいた家のある村に違いない。

 今は、夜だったはずなのに……。

 上を見上げてみた。
 一点の曇りもない、青い空だ。
 そしてちょうど正面には入道雲が見える。
 昔一度見たことがある、シルクのような白さだ。

 そして、風が吹く。
 優しい、父さんのような風だ。
 適当に切っていた髪の毛がなびく。

 両手を広げてみた。
 やっぱり、風がふきぬける。
 優しい風だ。


 ――――私、鳥になりたいなぁ。
 昔、そんな事を言った。
 その言葉に母さんは笑った。
「母さんもなりたいわ。」

 日光が差し込む緑の森を抜けて、空へ出るの。
 白い雲がまだらに広がり、その奥に、真っ青な世界が広がる。
 羽ばたかせられる限り、翼を羽ばたかせ、上へ上へと駆け上るの。
 そして、もうこれ以上いけないくらいになったら下を見てみる。
 その時、あなたを悩ます村も、人間も、世界も見えない。
 そこにはただ緑が広がっているだけだから。



 夜が明けて、まぶしい太陽が東から照っている。
「かあちゃん、かあちゃん。」
「かあさん忙しいから、少し待って。」
「あの人だいじょーぶかなぁ?」
「だからね、かあさん忙しいから……。」
 そういいながら、井戸から水を汲み終えた女は息子が指差した方へ視線を向けた。
「え……?」
 そこには、窓の壁に寄り添っている赤い瞳のあの人間がいる。
 彼女の母が毎日欠かさず食事を運んでいた、赤い瞳の人間だ。
 その肩には、小さなすずめが一羽とまっている。
「なんで……外に。」
 彼女は恐ろしくて、近づけなかった。
 とりあえず、村の人達を呼び集め、周りを囲んで様子を覗った。
 誰もがみな、彼女の赤い瞳が開く事を恐れ、足を進める事が出来ない。
「かあちゃんかあちゃん!この人、すごい幸せそーな顔してるねー。いい夢みてるのかなぁー?いいなぁ。起きたら話してもらおうーー!早く起きないかなぁ。誰か起こしてよぉ。もう。」

 だが、赤い瞳が開くことはなかった。
 
 
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