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クリエイター名 |
鮎川 渓 |
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?湯けむりの中の龍騎士達
● 「お先にお湯、いただきましたー」 「ううぅ、寒ッ! 湯冷めしちまう」 「暖炉、暖炉っ……あれ? 眼鏡がなぁいっ!」 賑やかな声を上げ、簡素な脱衣所から次々にまろび出て来たのは、龍騎士隊に入隊してまだ間もない新人龍騎士達。連日の調練で疲弊した心と身体を癒すため、火山――見た目は万年雪に覆われており、火の気など微塵も感じられないが――の麓に湧く温泉を訪れていた。岩場の間に湧く天然温泉だ。 年長騎士・ダルマにしごかれまくり、訪れた時には死相すら浮かべていた彼らだったが、ひとっ風呂浴びた今では皆笑顔で溢れている。精神的にもリフレッシュできたのだろう事が充分にうかがえた。とは言え周りは銀世界、湯冷めしない内にと隣の石造りの小屋へ飛び込んでいく。小屋の煙突からは、暖炉の煙が細く立ち上っていた。 彼らが湯に漬かっている間、周辺の見回りをしていた隊長のシャンカラ(kz0226)とダルマは、彼らの様子に顔を見合わせ目を細める。 そしてダルマ、保護者めいた顔を拭ったように消すと、にんまり笑って腕捲り。
「何だァ、リブ。まぁた眼鏡どっかやっちまったのか? どれ、俺が探してやンよ」 「キャーッ、だめですダルマさん! そっちは女子の脱衣所ですっ」 「者どもであえーっ! ダルマさんがご乱心だぞーっ!」 「はいはいダルマさん、若者を困らせるのはそれくらいにしましょうね」
いそいそと女性用の脱衣所に突入しかけたダルマの外套を、シャンカラがむんずと掴んで止めた。
「離せェーッ! 良いじゃねぇかこれ位ェ! 毎日毎日乳臭ェコイツらの面倒見てんだからよぉ、これ位ェご褒美があったって罰当らねぇだろ!?」 「ダルマさんセクハラです。それにソレ、僕が新米の頃からここへ来る度にずっと言ってますけど、一度も入れたことないですよね? 諦めましょう?」 「はーなあぁぁせええぇぇーっっ!」
シャンカラがダルマを確保している間に、まだ脱衣所にいた少女龍騎士達がそそくさ出て来て、小屋へ避難していく。リブと呼ばれた少女の眼鏡は、その内のひとりがしっかりと手に持っていた。 全員退出し終わったのを確認すると、シャンカラはダルマを『男性用の』脱衣所へ引きずっていきながら、手近な少年龍騎士に言づける。
「では、僕達も済ませてきますね。周辺に敵の気配はありませんでしたから、皆さんにゆっくり火に当たっているようにと伝えてください」 「分かりました。先日オフィスで貰った緑茶、おふたりが上がられる頃に合わせて淹れておきますね」 「先に飲んでいても構いませんよ?」 「いえ、お先に湯をいただいたんですからお茶位は、」 「はーなあぁぁせええぇぇーっっ!」
性懲りもなく叫び続けるダルマだったが、シャンカラの手によりつつがなく男性脱衣所へ収容された。 それを苦笑しながら見送った少年龍騎士は、寒さを思い出したように身震いし、急ぎ小屋に駆け込んだ。
● ゴツゴツとした岩場の間から湧き出た湯は、得も言われぬ美しい藍白の水面を湛えていた。もうもうと立ち上る湯気に、辺りの針葉樹が柔らかに霞んで見える。
「あ゛ーー……」
身体を浸した途端、ダルマの口から何ともオッサン臭い声が漏れた。 ――身体の成熟が早いドラグーンという種族故、見た目は確かに30代半ばのオッサンではあるのだが、実年齢はシャンカラと10も変わらぬ27歳だ。 雪焼けにより硬くなり、目許の皺が目立つ小麦色の肌と、口許に蓄えた髭が相まってなおさらオッサン臭……もとい、老けて……もとい……龍人にしてはたいそう大人の貫禄溢るる見目である。色白のシャンカラとは違い、ダルマの褐色の肌は、不透明な湯の中にあっても屈強な肉体の輪郭をぼんやりと透かしていた。 どうせ気の知れたシャンカラとふたりだからと、ダルマは無遠慮にタオルを湯につけ、左頬の銅色をした鱗を拭う。湯浴みのルールも何のそのだ。 隣に漬かり、その様子をちらと横目で盗み見たシャンカラは、深々と息を吐く。
「……それもワザとなんだろうねぇ……」 「んん? 何か言ったか?」
龍騎士隊隊長としてではなく、友人としての口調に戻ったシャンカラの言葉に、ダルマは首を捻った。シャンカラは瑠璃の瞳に呆れたような、窘めるような色を浮かべて言う。
「さっきの振舞いといい、今のそれといい、さ。ワザとなんだろう? そんなに真面目だと知られるのが恥ずかしいのかい?」 「なァに言ってやがんだ。別にそんなつもりはねェし、俺ぁ真面目でもねェ」
鼻で笑ってあしらおうとするダルマに、シャンカラはなおも言う。
「新米龍騎士達の訓練役、合ってると思うけどな。技を揮う事に夢中になって、つい加減を誤りそうになる僕なんかより余程……誰より騎士達が傷つくのを嫌っているのは、ダルマさんだからね」 「はぁ? そりゃお前の方だろうがよ。現に、気が優しくて皆に慕われてるじゃねェか。お前を隊長に推挙した俺の目は確かだったっつーこった」 「それはどうかな」
言って目を伏せ、シャンカラは掌に湯を掬い肩にかけた。白濁の湯が傷のない白肌の上を撫で、水面に落ちる。対して、ダルマの褐色の身体にはいくつもの古傷が走っていた。治癒術を用いれば、余程大きな傷跡以外残ることはないのにだ。 意味ありげに眇められた瑠璃の双眸に、ダルマは居心地悪く背を向ける。その背には、一際大きな裂傷の痕が奔っていた。 シャンカラは構わず手を伸べ、その傷痕を指先でなぞる。ぴくりとダルマの肩が跳ねた。
「これが何よりの証拠じゃないか。……先代の龍騎士隊長が亡くなった時に負った傷だろう?」 「…………」
ダルマは答えず、傷痕を湯に隠すよう、鼻先まで身を沈めた。
消えるはずの傷痕が残っていること。 それはひとえに、ダルマが敢えて残しているからに他ならない。
ダルマの在り方は、龍騎士達の中でやや異端と言えた。
龍騎士達が相手取るのは、強固な鱗を持つ強欲竜達だ。生命力と引き換えに、あるいは防御や回避力を犠牲にして、その硬い鱗を打ち破らんと高い攻撃力を求める。龍園由来の武具にそういった仕様の物が多いのもこれが理由だ。生き残る事を考えていては、人の子が強大な竜共を屠ることなどできない。 世界の守護者たる青龍を深く信仰する龍人達は、個人としての生や幸福よりも、世界の平穏を重んじる。故に、自らの命を顧みず、敵を斬り裂く剣たるべく生き、戦場に散る事も厭わない。シャンカラももれなくこの性質を受け継いでいた。
だがダルマは違う。 戦場において、ダルマが果たすのは所謂タンカー的役割だ。最前線に立ち、強力な火力を持つ仲間の刃を届かせるため、彼らを竜の牙から護る。その為、受け能力の高い大戦斧を携え、シャンカラでは纏えぬ程の硬く重い鎧を着け戦場に立つ。重量のある装備に耐えうるだけの屈強な身体は、時にそれ自体が仲間の盾となる。 ダルマの肌に残る痕は『自戒』。 褐色の肌に残る傷はどれも、己の身を盾にしても仲間を護り切れなかった時に受けたものなのだ。庇おうとした相手は逝ってしまったのに、今なおここに生きる己に科した戒め。 ダルマはシャンカラが新米だった頃からずっと、これを他の騎士達に見せぬよう、決して湯を共にしようとしなかった。シャンカラも、ダルマと共に前線を担えるようになってから初めてこれを見た時には瞠目したものだ。
「戦場で意味のある死を遂げる事は、龍騎士にとって誉な事なのに……気にせずにはいられないんだよね、ダルマさんは」 「……うるせェ、」 「それなのに真面目じゃないって言い張るんだ」 「それとこれとはまた違わァ」
ぶくぶくと泡混じりにダルマが吐き捨てる。そんな彼の前に回り込むと、シャンカラは目の下まで湯に沈み込んだその顔に、ばしゃっと湯を跳ねかけた。ミネラルを多分に含んだ湯が目に入り、ダルマは泡食って立ち上がる。
「いってぇ!! おまっ、何す……!」 「ちょっとダルマさん見える、見えるから! 立たないでっ!」 「っざけンな、お前が湯なんざかけっからだろうがぁ!」
再びざぶんと肩まで漬かり、ごしごしと乱暴に目を拭うダルマ。 シャンカラは上気し始めた頬で、深く長く息を吐いた。
「僕も龍騎士だから……隊を背負う隊長であるからには、いずれ戦場で――と思っているけれど、」
不穏な響きを持って途切れた言葉に、真顔になったダルマが振り返る。視線が交わると、シャンカラは実年齢相応の悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ダルマさんにこれ以上傷を増やすわけにはいかないから。1日でも長く隊長として在れるよう、精進しないとね」
それはシャンカラの望むあるべき姿――龍騎士として、戦場で意味ある死を遂げる事――とは相反する宣言だった。 が、ダルマは白い歯を剥くと、その肩へがしっと腕を回す。
「おうよ、俺より先に逝ってみろ。そン時ゃお前、あの世の果てまで追っかけてって張り倒してやるからなァ!」 「く、苦し……ダルマさん苦しい! っていうか何か当たるっ、やめ……!!」
シャンカラが身を捩って逃れようとした時だ。 湯の底でぬめった岩に足をとられ、ふたりは派手な飛沫をあげて水面にダイブした。
その大きな水音を聞きつけた新米騎士達が、何事かと駆けて来る。
「何事ですか!?」 「まさか敵襲……っ!?」
が。
急ぎ馳せ参じた新米龍騎士達の目に映ったのは、(のぼせかけて)耳まで真っ赤にし、(湯が目に入って)瞳を潤ませたのシャンカラ(注:美青年)と、そのしなやかな肢体(を抱き起こすため)に覆いかぶさったダルマ(注:オッサン)の図。折り重なる褐色の肌と白い肌の煽情的なコントラストに、新米龍騎士達は思わず目を覆った。 直後、身も世もない絶叫が響く。
「――っっぎゃあああぁっ!!」 「いやあぁっ、隊長が、隊長がああぁッ!!」 「者どもであえーっ! ダルマさんがご乱心だぞーっ!」 「なっ!? ば、馬鹿野郎っ! これはだなっ、」 「隊長(の貞操)をお守りするんだー!!」 「いえ、あの皆さん、落ち着いて……」 「こんな目に遭われてもダルマさんを庇われるなんて、隊長はなんてお優しい……!」 「だからこそダルマさん、許しませんよ!」 「だから待てっ、違ッ……????????っっっ!!」
いかに相手は新米騎士言えど、清々しいまでに丸腰のダルマに抗う術はなく。 北方の火山の裾野に、ダルマの絶叫が響き渡ったのだった。
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