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クリエイター名 |
日向葵 |
サンプル
噂が本当ならば、彼(か)の少年の年齢は十四歳。 薄茶の髪に、黒いバンダナ。動きやすそうなローブに身を包んだ少年は、藍の瞳で不敵に微笑んでいた。 人相の悪い屈強の男たちが十数名、少年の周りを取り囲んでいる。 遠目ではあるが、見た限り少年は強そうではないし、むしろ細くて華奢に見えた。だがそれにも関わらず少年は、余裕綽々の表情で男たちに楽しげな瞳を向けていた。 「それでこそ呼び名に相応しいってものです♪」 崖の上から少年を見下ろしていた少女が、クスリと小さな笑みを浮かべた。 少女はうさぎの耳のように二つに束ねた銀の髪を玩びながら、にこにこと上機嫌だ。 ヒラヒラと、黒いマントが風に靡く。つられてふと目をやると、どこまでも似たような景色が続く峡谷が目に入った。 高い崖に囲まれた下の道は、完全なる一本道。すなわち、挟まれたら逃走不可能。 まあだからこそ、盗賊や追剥なんていう不埒な輩が横行するのだが。 この道に盗賊が出るのは周知の事実で、地元の人間ならずとも皆が避けたがる道だ。 だがもちろん崖をぐるっと回って進むよりも峡谷を突っ切った方が早いのは当たり前。どうしても通らなければならない時は冒険者や傭兵を雇うのが普通だ。 その治安の悪い道を一人で通ろうなんて、カモにしてくださいと言っているようなものだ。 「さーあ、お手並み拝見です。噂の”魔創術師”さん」
勝負は、一瞬だった。 少年は呪文を唱えることもなく、特に目立った紋章動作もなく魔法を発動させた。 一般に普及している魔法は、望みの現象に対応する紋章と呪文――紋様を描く動作と言葉に宿る力――を借りて自身の魔力を実際の現象に変換させるものである。 確かに魔力の扱いに慣れた者、魔法を使う事に慣れた者、また意思力の強い者は必要な紋章や呪文が少なくて済む。ベテランの魔法使いならば紋章だけだとか、逆に呪文だけで魔法を発動させる者もいることはいる。 元来魔法とは自身の魔力を望みの現象に変換させることで発動するものだから、強い意思があれば不可能ではないのかもしれない。 だが少なくとも少女は、紋章も呪文もナシで魔法を発生させるなんて荒業は初めて見た。
男たちが全員倒されたのを見て、少女は自身が着ていた黒いマントを翻し、サッと一歩前へ踏み出した。 踏みしめる大地のない場所へ踏み出したはずの足は、だが、しっかりと空中を踏みしめていた。 ほんの一歩を踏み出したその間に、少女のマントはまるで最初からそんなものなかったかのように、姿を消していた。 代わりに、少女の背には漆黒の翼が現われている。 もともとマントは、魔法を使って翼を変質させたものだった。 少女の服は、マントの下も黒一色。袖なしの黒の服と、ふわふわと風に揺れる――だが余計な装飾は一切ない黒のスカート。短い袖とスカート丈で覆いきれない足と腕を包むブーツと手袋も、やはり黒。 バサリと翼を羽ばたかせて、ゆっくりと・・・少女は、少年の前に降り立った。 「こんにちわ。お兄さん、強いんですねえ♪」 少女はニコニコと邪気のない声と笑顔を向けると、少年もまた明るい笑みで返してきた。 「そう? ま、一応ね。旅も長いし、さすがにあんなチンピラには負けないよ」 少年は軽い笑みと口調を崩さぬままに言葉を続ける。 「で、お嬢さんは僕にどんなご用ですか?」 芝居がかった動作で一礼し、再度目が合った時には、少年の瞳は剣呑な雰囲気を漂わせる色に変わっていた。 表情だけが、変わらずに軽い。 「言わなくてもわかってるでしょう?」 少女も少年に負けず劣らず、言葉と雰囲気にまるで似合わない可愛らしい笑みを浮かべた。 そして、呼ぶ。 「”魔創術師”さん」 誰が最初に言い出したのかは知らない・・・・・・いつしか呼ばれるようになった、少年の二つ名を。 「へえ。僕の名を知ってて、それで挑戦しに来たってことは・・・それなりに腕に自信はあるんだね、お嬢さん」 「はい、もちろんです♪」 少女は、少年の二つ名の理由をこう聞いた。 彼が生まれ持った高い魔力と才能に、少年は普通の魔法だけでは飽き足らず数々の新しい魔法を創り出した――それも、少年以外の者には使いこなせそうもない高度な魔法ばかり。 そうしていつからか、魔法の天才少年はこう呼ばれるようになったのだ。独自の魔法を創り出す者・・・・・・”魔創術師”と。
音が、止まった。
少なくとも少女には、そんな風に感じられた。
魔創術師は呪文も紋章も使わない。 集中して、ほんの少しの所作にも注意を払わなければ魔法を避けることは難しい。 魔創術師がクスリと薄い笑みを浮かべた。 「お嬢さんは、観察力が足りないね」 「え?」 話しかけられて、一瞬、集中が緩んだ。 その時にはもう遅かった。 魔創術師の手から放たれた炎がまっすぐこちらに向かって飛んでくる。 「くっ」 焦りから思わず出た呟きとほぼ同時に、背中の翼が大きく広がる。 少女の魔力は基本的に、翼を介して事象と成すものだ。 魔力を込められた翼が光の衣を纏い、少女を護る盾となった。 人間ではない者――魔物や精霊は、人間と違ってたとえ同じ血筋の者でも個々の能力の現われ方がかなり異なる。その代わり、呪文も紋章も使わずに魔力を現実の事象に変換できるのが普通だ。 ・・・・・・少女もまた、人間ではない者だった。
ギリギリのところで光の盾に護られ、なんとかダメージを受けずに済んだ少女は、慌てて魔創術師に集中を戻す。 「いくら名高い僕でも、呪文も紋章もナシじゃあ、ちょっとキツイな」 言うが早いかパッと右手を前に差し出す。そしてほんの少し、指を動かした。 (・・まさか) 今度はすぐに反応できた。 目の前に現れた氷の壁を、少女は翼から引きぬいた数本の羽で粉々に砕く。 「どんなに高い魔力を持っても、人間は人間ってコトですね♪」 さらに数本の羽を引きぬき、魔力を込めてから前方に向かって投げる。 少女の手を離れた瞬間、羽根は蝙蝠に姿を変え、魔創術師に向かって小さな翼を羽ばたかせていった。 魔創術師は数匹を炎で倒し、数匹をローブで叩き落とした。 それでもまだ残った数匹を軽やかな体術で避けてみせたが、一直線に飛ぶだけの魔法とは違う。 生き残った数匹は避けられたと知るやUターンして、再度魔創術師に突入していった。 「しつこいな・・・。フラムッ!」 今度は紋章なしの呪文だけ。 しかも通常の呪文は数行の詞からなるというのに、魔創術師の呪文はたったの一言。 さっきの紋章だってそうだ。通常、発動させたい魔法に対応した紋様を描くのが紋章という儀式なのだが、紋様の大きさはそのまま紋様の強さに比例する。先ほど魔創術師が行った紋章は小指の先ほどの小さなものだった。 高い魔力に相応しい魔力制御――精神力を持っているということだろう。
ボッと、魔創術師の目前に炎の壁が出現した。避けきれずにさらに数匹の蝙蝠が炎の壁に突っ込んでいった。 だが少女とて蝙蝠たちがやられていくのをただ見ていたわけではない。 「え?」 魔創術師が、初めて焦ったような声を出した。 「いっけぇっ!」 少女の意思に反応して、蝙蝠の一匹が破裂した。 最初に出したのとは違う、新たに出した蝙蝠だ。 魔創術師が先に出した蝙蝠と戦っている間に、少女はこっそりと新たな蝙蝠を出していたのだ。 魔創術師の間近で破裂した蝙蝠は、彼の身体にいくつかの傷をつけた。 「なかなかやるじゃないか」 まだ、彼は余裕の笑みを崩さなかった。 「リオート」 零れた詞とほぼ同時、魔創術師の視線が、スッと少女の足元に向いた。 まずいと、その場から離れようとしたときには、もう遅かった。 一瞬にして凍りついた地面が、少女の靴を地面と貼り付かせてしまったのだ。 翼に魔力を込めるより、魔創術師の呪文の方が早かった。 多分転移魔法を使ったのだろう。気づいた時には魔創術師の顔が目の前にあった。 「・・・・・あーあ。負けちゃった。好きにすればいいです」 殺されても当然だ。 少女はそう思った。 今は、魔王を名乗るバカが魔物の大半を煽動しそのリーダーとなって、人間を無差別に襲い殺している戦乱の時代なのだ。 魔物の食料は人間の魔力――もちろん、人間を殺さずに魔力だけ頂く者もいるが、誰もがそんな器用なことをできるわけではない。人間を殺さねばその魔力を得られない魔物もいた。 故に、もともと人間と魔物の仲は悪かった。当時も、魔物と見れば殺そうとする人間は確かにいた。が、今ほど酷くはなかった。 中には人間と上手く共存していた魔物もいたのに、魔王の出現はそんな関係すらも打ち砕いてしまった。 だからこそ少女もまた、不本意ながら無理やり人間の魔力を奪っていた。 昔ながらのやり方を続けようにも、問答無用で攻撃される事が多く、少女の身のほうが危なかったのだ。
だが魔創術師は、 「なにを?」 そう、言った。 きょとんとした表情で。 「なにをって・・・。殺すなり街の連中に突き出すなり好きにすればって言ったんです」 「それは理由を聞いてからだよ。多分、お腹が減ってただけなんじゃない?」 魔創術師はにっこりと、今度は優しげな瞳でにこにこと笑った。 「お嬢さんが本気を出してたらこんなに簡単に勝てなかったよ、きっと」 「ばれてました?」 苦笑する少女に、魔創術師はにこにこと変わらぬ明るい笑みで笑いかけてくれた。 「ああ、思いっきり」 おどけて言う魔創術師にクスリと小さな笑みを返して、少女はスッと魔創術師の心臓のあたりを指差した。 「私、吸血族なんです。人間の血液を介して魔力を吸収する」 「なら最初からそう言えばよかったのに。このあとの旅に支障が起きない程度っていう条件付で良かったら、構わないよ」 「本当です? やったぁっ。お兄様、優しいです、大好きです〜〜♪ もう一年近くもほとんど絶食状態だったんです」 「はいはい、落ちついて落ちついて」 魔創術師は楽しげな笑みを漏らして少女を制し、足元の氷を溶かしてくれた。 少女がにこにこと満面の笑みで魔創術師の少年を見つめていると、少年は何故だかくすぐったそうに、とても楽しそうな笑みを浮かべた。 「ほら、でも貧血起こさない程度にしてくれよ?」 いいながら魔創術師は袖をまくって手を差し出してくれた。 「はーいっ♪」 少女はビシッと片手を挙げて、良い子の返事で魔創術師に答えた。
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