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クリエイター名 |
日向葵 |
オリジナルFT小説「TEAR」より〜戦闘描写
風が、掠めた。 それが彼――フェルナンディアの放った数本の羽根であることに気付いたのは、アルドが駆けて行く先に目を向けた時だった。 フェルナンディアが流れるような動作で腕を振る。直後、フェルナンディアの手元から飛ぶ数本の黒い影。 ディスタはエレアに向かってにこりと笑みを向け、すぐに真剣な表情を見せた。 「エレアちゃんはここで待っててよ。すぐ終るからさ」 ディスタが何か小さな呟きを漏らしたとほぼ同時に、周囲の緑が動く。木々は、まるでエレアを護ろうとするかのようにエレアの周囲を囲んだ。 「森の中で僕に喧嘩を売るなんて、命知らずとしか言えないな」 ニッと不敵な笑みを浮かべ、くるりとエレアに背を向ける。 「あの、ディスタさんっ」 「まあ見てなって」 不安げなエレアの言葉に、ディスタは背中を向けたまま、片手を振って応えた。 表情は見えないが、ディスタの声に不安はない。ただ自分の勝利だけを信じる、強い意思を持つ声。 ディスタが見つめる先に在るのは、アルドとフェルナンディア。 そこではもう戦いが始まっていた。 フェルナンディアは黒き翼を変幻自在に使う。 アルドは、手に光る剣を持っていた。さっきまでは完全に素手だったはず・・・・・・。そう思ってよく目を凝らすと、その剣は高い魔力を宿していた。アルドは魔力で作り出した剣を使うタイプらしい。 魔法使いだけど、本職というわけではない――ふと、ディスタとアルドが確かそんなような会話をしていた事を思い出した。 つまり、アルドの魔法はあくまでも剣で戦う時に補助として使うもの。だから、アルドは本職の魔法使いではない――ということだろう。 アルドは右に左にと素早い動きでフェルナンディアの攻撃をかわしているが、完全にこちらが不利だ。 フェルナンディアは空を飛び、空中から攻撃しているのだ。剣を使うアルドでは、空を飛べなければ攻撃を届かせることすらできない。 避けるだけの闘いにディスタが加わり、変化が生まれた。 周囲に繁る高い木の数本が大きく揺れ、フェルナンディアを叩き落そうと動き出したのだ。 さすがにこれには驚いたらしい。フェルナンディアは慌てた様子で木々の枝から逃れようとしたが、ここは森の中。 四方八方からこられて逃げ場を失い、すいっと地面付近まで降りてくる。 その時、アルドはもう、フェルナンディアを剣の間合いに入れていた。どうやらフェルナンディアが降りてくる位置を予測して先に動き出していたようだ。 一瞬上に飛びかけたフェルナンディアだったが、上空ではまだディスタの操る枝が蠢いている。 フェルナンディアは自身の翼に手を回し、そして・・・・・・剣が、生まれた。羽根を変化させたらしい。 斬りこんで行ったアルドの魔力剣を、フェルナンディアの黒い剣が受ける。 剣戟の音は、なかった。 ともに魔力で作られた、質量の乏しい剣であるが故か・・・・・・。静か過ぎる戦いは、どこか不気味ですらあった。 ザザっと、草を踏む足音だけが鳴る。 剣が重なるたびに光が生まれ、消えていく。 「へえ。なかなかやるじゃないか。”魔創術師”の血縁者って言うから魔法一辺倒の人間かと思ったのに」 剣を打ち合わせながらも、フェルナンディアは余裕の表情を崩さなかった。 その言葉か態度か・・・もしくは両方。それが、アルドの気に障ったらしい。 ふいと、アルドの周囲が冷えたように感じられた。その空気の変化が、アルドの意思による魔力の変化であることに気付いた。 何か別の魔法を使う気らしい。 一度大きく打ちつけてから、後ろに跳ぶ。 当然フェルナンディアは追撃してきたが、その歩みを伸びてきた樹木の枝が止めた。 憎々しげな表情を浮かべて舌打ちをしたフェルナンディアは、一瞬ディスタを睨みつけて立ち止まった。 緑の葉が、フェルナンディアへと飛ぶ。 葉は、ディスタの魔法によって鋭い刃になっていた。フェルナンディアは大きく翼を広げて結界を張る。 その間に、アルドは魔法を放つ。 呪文のない――それなのに、紋章の動作もとても小さかった。初歩の魔法なのかと思ったが、放たれた魔力に、エレアは認識を変えた。 魔法自体は、高等なもの。だがアルドは高い精神力を以って、最小の動きで強い魔力を制御しているのだ。 ふっと、剣に宿る光が増した。剣の攻撃力を上げる魔法だったらしい。 「・・・・・・・え?」 アルドが駆け出した瞬間、エレアは驚愕に瞳を見開いた。 彼の動きは、先ほどまでとは明らかに違っていた。 剣の攻撃力を上げる魔法。自身の敏捷力を上げる魔法。 アルドは、二つもの魔法を同時に――しかも呪文も紋章もほとんどなく――実行してしまったのだ。 「ディスタっ!」 駆け出しつつ、声をあげる。 飛び交っていた葉が動きを止め、道を塞いでいた繁みがスッと開いた。 アルドのために開かれた道を駆けて、アルドはフェルナンディアに斬りかかった。 先ほどディスタの魔法から身を護るために張られた結界は、まだ、健在だった。 だからだろう。 フェルナンディアはその場を動かなかった。翼から羽根を数本引きぬいて、待つ。 が、フェルナンディアの予測は見事に外れた。 ・・・・・・アルドの剣は、いともあっさりと結界を切り裂いてしまった。 「っ!」 焦った表情を浮かべ、フェルナンディアは手に持っていた羽根をアルドに向かって投げた。 だがロクな狙いもつけずに咄嗟に放たれた羽根は、半数以上がアルドの体を掠めるだけで終わった。運良くアルドに向かった羽根も、当たる直前に鋭さを失いふわりと風に流された。 光の剣が、フェルナンディアの肩を深く斬りつけた。 「チェックメイト、だな」 剣の切っ先がフェルナンディアの首筋に当たる。 一瞬、戦場が静まりかえる。風も足音もない――無音の刻。 いきなり――少なくともエレアから見たら、なんの前触れもなく――アルドが後ろに跳んだ。 フェルナンディアが、ニッと薄い笑みを浮かべる。 「ふむ。さすがにこの近距離からじゃあ、威力を抑えきれないと思ったわけだ」 「まあな。いくら魔力中和の結界を身に纏ってたって、あんたの手から離れてない魔法まで相殺しきれるとは思わないしな」 アルドが肩を竦めて言うと、フェルナンディアは何故か楽しげな表情を見せた。 「”魔創術師”の血を引く者よ。今回はこちらの負けだ。君らを甘く見ていたよ」 バサリと、黒い翼がしなやかに広がる。 翼に支えられたフェルナンディアの体が、スッと空に舞いあがる。 ・・・・・・誰も、動かなかった。 誰も、フェルナンディアを追おうとはしなかった。 蒼い空と白い雲の向こうにフェルナンディアの姿が消える。そうしてようやっと、アルドは魔力の剣を消した。
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