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クリエイター名 |
日向葵 |
東京怪談同人誌「空色の海」より〜ほのぼの
その日も草間興信所は、賑やかだった。いつもに比べればたむろっている人数は少ないのだが、一人で数人分騒がしいのが来ているのだ。 デスクの椅子に座ってため息をつくのは、興信所の主・草間武彦。 賑やかなお客に困ったような……けれど楽しそうな微笑を浮かべてお茶やお菓子を用意している武彦の義理の妹・草間零。 何故かソファーに座らず、書類の散らばるデスクに落ち着いているのは押しかけ居候神様、桐鳳――幼い少年の姿をしているが、その正体は炎を司る鳥、鳳凰だ。いまどき珍しい和装で、髪と瞳はどこにでもいそうな黒と茶色。にこにこと温和に笑う表情は外見通りの年齢にも見えるが、けれど瞳の奥には、十歳かそこらの外見には似つかわしくない、大人びた光が見え隠れしている。 騒ぎの中心となっているのはテーブルの上で頬を高潮させて熱心に喋る、ピンク色の髪と新緑の瞳の彩りと、まったく同じ姿形を持つ小さな二人。ただし小さいというのは外見年齢ではなくサイズそのもので、背には薄い半透明の羽がある――妖精というヤツだ。 「あのね、あのね」 「見ちゃったの。見ちゃったのっ」 「すごいかったのーっ!」 甲高い声に騒がれては、静かに書類を読むことなどできるはずもない。まあ、桐鳳がデスクに腰掛けてしまった時点で、仕事は半ば諦めていたのだが。何故かデスクを居場所として好む桐鳳にため息をつきつつ、武彦は疲れた表情で妖精たちの話に耳を傾けた。 「おっきかったの」 「みんな、びっくりしてたー」 「ねーっ!」 ひらりひらりと舞うように宙を踊り、二人はパンッと互いの両手を打ち鳴らす。 「何を見たんですか?」 誰かの問いを、妖精たちは待っていた。零の発した言葉に表情を輝かせ、二人は共に両手を大きく広げて、それでもまだ足りないと言うように広げた手を見上げる。 「こおんなだったの」 「空を飛んでたの」 「おさかなだったの!」 一瞬、部屋が沈黙に包まれた。 「……魚?」 武彦も、桐鳳も、零も。一瞬顔を見合わせて、続いて疑問に首を傾げる。 「ウェルさん、テクスさん」 「なあに?」 「呼んだ?」 「あたし?」 「ワタシ?」 くるんっと振り向き交互に返事をしてくる妖精たちに、桐鳳は真面目な表情で問いを続けた。 「大きな魚が、空を飛んでいたの?」 桐鳳としては別に、真面目に話をしているつもりはない。 自身が現代の多くの人間に信じてもらえない存在であることはわかっている。わかっているが、それでも……空を飛ぶ魚なんてあんまりにも突拍子もなくて。 思わず、普段は外見に合わせて作っている『子供の表情』が抜けてしまったのだ。 「こいのぼりと勘違いしたんじゃないか?」 「兄さん。この時期では普通、こいのぼりはないと思います」 零の言うことはもっともだが、一年中こいのぼりが掲げっぱなしになっているような家もたまにはある。 しかしこいのぼりならば、皆がびっくりしていたという妖精の言葉がおかしいのも確かで。 「ちがぁうよ」 「こいのぼりは動かないんだもん」 「追っかけたんだよ」 「でも見失っちゃったの」 「空とおんなじ色だったの!」 なんとなくわかるが、けれど微妙にわかりにくい。妖精コンビの言葉に一同は、やっぱり首を傾げるしかなかった。 妖精たちが飛び込んでくる少し前に買い物に出かけてしまった、草間興信所の事務員かつ武彦のよき理解者である彼女がいれば……。彼女ならば、うまく話を引き出してくれるのだろうが、いないものはいないのだから仕方がない。 興奮している妖精たちをどうあしらおうかと武彦が頭を悩ませていたまさにその時。 突如、興信所のドアが盛大な音とともに勢いよく開いた。
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