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クリエイター名  しもだ
ラムネ




 駄菓子屋「ラムネ」の運営を祖母から引き継いだ形で任された廣谷は、今日も、午前十一時頃に店を開ける。
 古めかしい木のドアを開き、あらかたのお菓子の補充をしたりカップ麺などの食料品の棚の埃を清掃したりする。それが終わると、未舗装の砂利道に出て、軽い運動をする。腰を曲げ、背を伸ばし、新呼吸をして、丘の上に伸びていく道を、暫し、眺めた。
 村は、独特の匂いを持っている。小学校の時に始めて嗅いだ「図工室」の匂いに似ている。絵の具や油や木工用ボンドなどの科学的な匂いと木や土の自然の匂いが混じり合い、鼻腔にざらざらとした粉っぽさを残す。
 道は、小高い丘に向い、ゆるゆると曲線を描きながら伸びている。時折緩やかに折れ曲がり、途中の林に点在する奇抜な色や形の屋根へと続いていた。赤や黄色や緑といった鮮やかな色の屋根もあれば、コラージュのように様々な色が細々と重ね合わされた屋根もあった。
 とある町のとあるトンネルを抜けた先に広がるこのサイケデリックな色味の村の名は、通称、芸術村。またはアトリエ村と呼ばれる。
 若いアーティスト達が何となく集まった密集地に、どこぞの暇人の金持ちが目を付け、別荘を建てたのが最初なのか、金持ち達の別荘地に意気揚々と若いアーティストが乗り込んだのが始まりなのか、そこには芸術家達だけでなく、新しいもの好きの資産家や好事家の別荘もまた、見える。
 丘の上には近代的な様式の建物がぽつん、と静かに、佇んでいる。文化会館と村の人々に呼ばれるそれは、まるで麓に立つ全てを監視するかのように見下ろしている。いつもと変わらぬそんな風景を何となく眺めて、廣谷は、店の中に戻る。
 本などを読みながらぼんやりとしていると、そこで生活をする若者達が、寝起きの顔で買い物に来る。物凄い寝起きの顔ですけど、朝ご飯というかもう昼ごはんですよね、むしろ昼ごはんにしたって遅いくらいですよね、と毎回心の中で思っているが、別にわざわざ言うほどの事でもないので、黙っている。
 自分だって大柄な方ではないけれど、やってくる人の中には、骨と皮みたいにやせ細った人が居て、今にも倒れそうな気配でラムネを買って行ったりする。
 いやいや、ラムネよりもっと食べるべきものありますよね、と、物凄い思っていそうな顔でお金を受け取っているが、廣谷がそれを口に出して言ったことは、まだない。
「お菓子ばっかり食べてたら絶対体壊しますよ」と、自分もお菓子ばっかり食ってるくせに、毎日お菓子を買いに来てくれる絵描きのお兄さんを見て考えたりし、けれど、お菓子を買ってくれる人が居ないと生活が成り立っていかないのも事実であるので、またどうぞ、などと、あんまり言わないけど言ってみたら、相手が物凄いぎょっとしたので、逆に、ぎょっとした、とかいう日のことを思い出していたら、今日もそのお兄さんがやってきた。
 ぺこ、と頭を下げられたので、下げ返す。
「いらっしゃいませ」とか、こそこそ、言った。




 
 
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