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クリエイター名  梟マホコ
コメント  梟マホコ(フクロウ マホコ)です。キャラクターの魅力を引き出す物語づくりを心がけています。少年、少女、音楽(ライブ)描写が得意です。よろしくお願いします!
サンプル ロンドンデイズ

「ロンドンデイズ」

 その部屋に足を踏み入れた瞬間、わたしは、まず、何故もっと早くにここに来なかったのかという後悔を感じ、次に、この五日間のロンドン旅行の最終日にここに来て良かったのだと胸を撫で下ろした。――もしも、初日にここに来ていたら、残りの四日間、他の場所の観光などすっかり忘れて、この部屋に入り浸っていたに違いないのだから。
 ここは大英博物館の中にある、とりわけ特殊な空間だ。円形図書館、と呼ばれている。名前の通り、円形をしている。目がくらむほどに高いドーム型の天井からは、柔らかな日の光がこぼれていて、その下には――ずらりと壁を埋め尽くす、本、本、本の山! 円形の部屋の壁すべて、360度、どこを見渡しても、本、本、本、なのだ!
 常識を超えたようなその光景に、わたしは息を飲んで立ち尽くした。
すごい、という言葉しか出てこない。本の山、本の海――ううん、そんな薄っぺらな言葉ではとても表現できない。この図書室全体が、途方も無い知性をたたえた、ひとつの生き物であるかのように思えてくる。あまりに衝撃的で、時間も忘れて呆然と立ち尽くしていたら――


猫、あるいは神様に化かされた話

「猫、あるいは神様に化かされた話」

 おそらく神隠しに遭ったのだ、ときみは思っている。暇を持て余した神様の遊びに付き合わされてしまったのだと。
 石畳の路地裏で、きみはきょろきょろと周囲を見回す。急に春めいた日差しが眩しくて目を細める。頭上でにゃあと声がする。見上げると、低い民家の屋根の上で、猫が座ってこちらを見つめている。にゃあ、にゃあ。猫がしきりに声を張り上げるその軒下に、店の看板がにょっきりと生えている。きみは観念して、民家のようなその店の扉を開けることにする。三十分ほど前に道に迷ってからというもの、どこをどう歩いても、この店の前にたどり着くのだ。神隠しだ。仕方がない。だってここは、神が楽しむ坂、神楽坂なのだから。
 どうみても普通の民家の勝手口といった風情のドアをがちゃりと開けると、目の前に、まっすぐ、木の床の廊下が現れる。それからしばし、きみはぽかんとするのだが、無理もない。人ひとりが通るのがやっとという廊下の左右の壁に、手ぬぐい、風呂敷、はんかち、スカーフ、バッグ、ぬいぐるみ等々びっしりと貼りつけられ、そのすべてが、猫、ねこ、ネコ、である。廊下に据え置かれたガラス戸の飾り棚の中にも、財布、がま口、ブックカバー、すべて、猫、ねこ、ネコ。廊下の奥に続く小部屋にも、猫っぽい何かが山と積まれているらしき気配を感じたきみは、ふらふらとそちらに向けて歩き出す。と、廊下半ばで、右手の部屋の中から、声をかけられる。
「いらっしゃいませ」


ホリディ

「ホリディ」

 アンナとニーナが衣装合わせをしているのを、瓶入りのコーラを飲みながら眺めていた。夕日が差し込む部屋の中は、フェイクファーとスパンコールとパステルカラーでキラキラしていた。黒薔薇の造花が胸についた黒いドレスはアンナにとても似合っていて、蝶を髪に飾ったニーナと並ぶと、まるで天使みたいに見えた。二人は、双子のドラァグ・クィーン。クラブでショウガールをしている。薔薇のつけ爪がアンナ、蝶のつけ睫毛がニーナ。
 その夏、私はこの部屋に入り浸っていた。家では、パパとママが離婚するといって、十歳の私をどちらが引き取るかでもめていた。私の話をしているのに、二人は私のことなんか見ていないみたいだった。私は家にいたくなかった。
 ココも着てごらん! アンナの声に、慌てて首を横にふった。二人がとても綺麗で素敵で、気後れしてしまっていた。私もこんなに綺麗なら、パパとママだって、私を見てくれるのかもしれない。
 私はそっとバスルームへ行き、鏡の前に立ってみた。掴めないほどに短い赤毛。日に焼けて乾いた素肌。棒切れみたいな腕と脚。サイズが大きくて肩が合わない白いTシャツに、黒い膝丈のスパッツのみすぼらしい子どもが、鏡の中からこちらを睨んでいた。涙が出た。天使のようなアンナとニーナ。私はただの飼い猫だ。パパとママ、どちらかに捨てられるのを、黙って待っているだけの。

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